私たちと一緒に念仏者の生き方を

   浄土真宗本願寺派の第25代専如ご門主が昨年10月1日、伝灯奉告法要の初日に「念仏者の生き方」を示されました。 そこには、お釈迦さまが開かれた「仏教」、親鸞聖人が出遇あわれた「阿弥陀如来の救い」、そして、その教えをいただく私たちが、どのように生きていくかが説かれています。この「念仏者の生き方」を多くの方にと、大分・東九州龍谷高校の「NUM— NUMGIRLS」の皆さんに協力していただき、「『念仏者の生き方』と私」というテーマで話し合ってもらいました。彼女たちのほとんどが、これまでお寺とご縁がなく"ご縁づくり"の活動を通して仏教に触れてきました。高校生の等身大の悩みや苦しみ、喜びを、「念仏者の生き方」の言葉を味わいながら、語ってくれました。


 

「念仏者の生き方」


 仏教は今から約2500年前、釈尊がさとりを開いて仏陀となられたことに始まります。わが国では、仏教はもともと仏法と呼ばれていました。ここでいう法とは、この世界と私たち人間のありのままの真実ということであり、これは時間と場所を超えた普遍的な真実です。そして、この真実を見抜き、目覚めた人を仏陀といい、私たちに苦悩を超えて生きていく道を教えてくれるのが仏教です。
 仏教では、この世界と私たちのありのままの姿を「諸行無常」と「縁起」という言葉で表します。「諸行無常」とは、この世界のすべての物事は一瞬もとどまることなく移り変わっているということであり、「縁起」とは、その一瞬ごとにすべての物事は、原因や条件が互いに関わりあって存在しているという真実です。したがって、そのような世界のあり方の中には、固定した変化しない私というものは存在しません。
 しかし、私たちはこのありのままの真実に気づかず、自分というものを固定した実体と考え、欲望の赴くままに自分にとって損か得か、好きか嫌いかなど、常に自己中心の心で物事を捉えています。その結果、自分の思い通りにならないことで悩み苦しんだり、争いを起こしたりして、苦悩の人生から一歩たりとも自由になれないのです。このように真実に背いた自己中心性を仏教では無明煩悩といい、この煩悩が私たちを迷いの世界に繋ぎ止める原因となるのです。なかでも代表的な煩悩は、むさぼり・いかり・おろかさの三つで、これを三毒の煩悩といいます。
 親鸞聖人も煩悩を克服し、さとりを得るために比叡山で20年にわたりご修行に励まれました。しかし、どれほど修行に励もうとも、自らの力では断ち切れない煩悩の深さを自覚され、ついに比叡山を下り、法然聖人のお導きによって阿弥陀如来の救いのはたらきに出遇われました。阿弥陀如来とは、悩み苦しむすべてのものをそのまま救い、さとりの世界へ導こうと願われ、その願い通りにはたらき続けてくださっている仏さまです。この願いを、本願といいます。我執、我欲の世界に迷い込み、そこから抜け出せない私を、そのままの姿で救うとはたらき続けていてくださる阿弥陀如来のご本願ほど、有り難いお慈悲はありません。しかし、今ここでの救いの中にありながらも、そのお慈悲ひとすじにお任せできない、よろこべない私の愚かさ、煩悩の深さに悲嘆せざるをえません。
 私たちは阿弥陀如来のご本願を聞かせていただくことで、自分本位にしか生きられない無明の存在であることに気づかされ、できる限り身を慎み、言葉を慎んで、少しずつでも煩悩を克服する生き方へとつくり変えられていくのです。それは例えば、自分自身のあり方としては、欲を少なくして足ることを知る「少欲知足」であり、他者に対しては、穏やかな顔と優しい言葉で接する「和顔愛語」という生き方です。たとえ、それらが仏さまの真似事といわれようとも、ありのままの真実に教え導かれて、そのように志して生きる人間に育てられるのです。このことを親鸞聖人は門弟に宛てたお手紙で、「(あなた方は)今、すべての人びとを救おうという阿弥陀如来のご本願のお心をお聞きし、愚かなる無明の酔いも次第にさめ、むさぼり・いかり・おろかさという三つの毒も少しずつ好まぬようになり、阿弥陀仏の薬をつねに好む身となっておられるのです」とお示しになられています。たいへん重いご教示です。
 今日、世界にはテロや武力紛争、経済格差、地球温暖化、核物質の拡散、差別を含む人権の抑圧など、世界規模での人類の生存に関わる困難な問題が山積していますが、これらの原因の根本は、ありのままの真実に背いて生きる私たちの無明煩悩にあります。もちろん、私たちはこの命を終える瞬間まで、我欲に執われた煩悩具足の愚かな存在であり、仏さまのような執われのない完全に清らかな行いはできません。しかし、それでも仏法を依りどころとして生きていくことで、私たちは他者の喜びを自らの喜びとし、他者の苦しみを自らの苦しみとするなど、少しでも仏さまのお心にかなう生き方を目指し、精一杯努力させていただく人間になるのです。
 国の内外、あらゆる人びとに阿弥陀如来の智慧と慈悲を正しく、わかりやすく伝え、そのお心にかなうよう私たち一人ひとりが行動することにより、自他ともに心豊かに生きていくことのできる社会の実現に努めたいと思います。世界の幸せのため、実践運動の推進を通し、ともに確かな歩みを進めてまいりましょう。

(本願寺新報 8月20日号より転載)
 

「ジコチューな自分」


 実は私、第1志望を落ちてこの学校に来たんだ。だから、高校に入ってから、ずーっとネガティブ。自分だけがキツいんだって思い込んでた。
 私を気遣ってくれる家族とか周りの言葉も耳に入らなくて、入ってくるのはマイナスの意見ばかり。だから「相手のことも嫌い、自分のことはもっと嫌い」って感じだった。
 ノリで入ったナムナムガールズの活動だって、いろんな人から「素敵なご縁だね」って言われたけど、初めはそれも耳に入らなかった。
 でも、そんな私の姿が"ジコチュー"だったと、気づかせてくれたのがお寺での出会い。初めて会ったおばあちゃんとかが、涙を流して喜んでくれるんだもん。「私って一人じゃないんだな」って思った。
 「こんな私にもできることあるんだ」って。そしたらなんだか、自分だけがキツイんだって思ってたことが、私を支えてくれてた人もつらかったんじゃないかってふと思ったの。自分の世界の殻に閉じこもってた自分だけど、実は、認められて愛されてたんだって素直に思えた。
 キツさは変わらないけど、気持ちが楽になったんだ。ジコチューな自分に気づいて、やっと家族や友達の気持ちにも目を向けられた
 いろんなものが、私にいろんなことを気づかせてくれる。「ああ、これがご縁なんだ」って、ちょっとわかった気がした。

(本願寺新報 8月20日号より転載)
 

「自分の笑顔が嫌いだった」


—みんなから好かれたくて、バカみたいに明るく振る舞ったり、いじられキャラを演じてみたり。私にとって、笑顔ってこんな感じだった。

—私もそう。嫌な時もヘラヘラ笑ってるタイプだった。とりあえず笑顔って感じで。だから、ずっと自分の笑顔が好きじゃなくて、歌う時も笑顔がうまく作れなかった。
 でも、笑顔って作るものじゃないって思った。ステージで、見ている人たちみんなが笑顔になってくれるから、だんだんと本当の笑顔が出てくるようになった気がする。そしたら「自分の笑顔が好き」って思えるようになれた。そして、本当の笑顔が出せる自分が好きになった。そういう自分と出会えた。

—そうそう私も。
 だって、お寺に公演に行ったら、全然知らないおじいちゃんやおばあちゃんが、みんな、私たちのことを本当の孫みたいに迎えてくれる。今まで私、「笑顔」って特別なものだと思ってたんだ。だけど、お寺で会うおじいちゃん、おばあちゃんたちは笑顔を出し惜お しみしていない。笑顔って減るもんじゃなくて、出せば出すほど出てくるんだって教わった。
 「ナムナムガールズだから、みんなに元気を届けなきゃ、笑顔出さなきゃ」って毎日、鏡を見て心がけてたんだけど、あの笑顔を見たら、だんだん自然に笑顔が出てきた。笑顔って内側からポジティブになれたり、気持ちの中がクリーニングされるよね。

(本願寺新報 8月20日号より転載)
 

「自分の思いばっかり」


—親と衝突してばかり。家族同士は、言い出したら止まらない。しかも、自分で言ったことはそんなに気にしていないのに、「言われた」っていう思いばかりが残る。
 その場は必死。自分の思いをわかってもらいたいばっかりで、親の気持ちをわかろうともしない。
  でも、後で振り返って、「お母さん、私のことを思ってあんなこと言ってくれたのかな」って。お互いの立場で考えることをここで教わって、相手のため、みんなのためにあえて厳しいことを言わなきゃいけない時もあるんだって、思えるようになった。

—ナムナムガールズの時にもそれ、あるよね。チーム愛が強すぎて、時にはぶつかって。
「これ言っていいのかな」ってこともたくさんあって、時にはケンカになっちゃう。
 でも、チームの絆が深まって、ジコチューを押さえると、少しずつわかるようになってきた。思いやりのある言葉って、時には自分にとって厳しい言葉であり、それが本当の優しさだって、みんなから教わった。

(本願寺新報 8月20日号より転載)
 

「私、生きてていいんだ」


—ナムナムガールズには、キャプテンがいたり、副キャプテン、歌主任、ダンス主任、舞台構成主任、育成部長まで、
 いろいろな役職があるのに、私は何も役がなくて「無職」だった。一時期、「頑張ってるのになんで私は評価されないの?」「このグループに私は必要ないんじゃない?」ってけっこう真剣に悩んでいた。
 いろんなことを考えて考えて、ふと思ったのが、「じゃあ、なんでナムナムに入ったの?」という最初の気持ち。「みんなと楽しくやりたかった」だけだったのに、いつの間にか「評価されたい」っていう、欲が出てきてたんだって、気づかされた。
 そしたら、私たちの曲『夏の終わりのナムナムタイム』に出てくる「君がそこにいる それだけで十分じゃないか」って歌詞が、パッと目に飛び込んできて、それがなんか響いてきた。そして、「よし。脇役を極めてやろうじゃない!」って、気持ちの方向が変わった。
 後になって、それをメンバーに話したら、「役があるメンバーにも悩みがあるし、人それぞれ。いろんな役割がないとグループはまとまらないよ」って言ってくれた。
 自分の中で大きかった問題が実は小さくって、私が気にしてたこともたいしたことじゃないんだって教えられた。メンバーみんなで役割分担してチームを支えてるよね。


—いろんなお寺に行って、ご法話も聞いて、たくさんの人と出会って、私は新しい自分に出会えた。
 ずっと、コンプレックスの塊で、「この世に自分の存在意義が見えない〜」って本気で思ってたけど、ナムナムガールズに出あって、みんなに出あって、そして仏教に出あって、「私、生きてていいんだ。居場所があるんだ」って思えた。元々あったのかもしれないけど、「ここに居ていいんだ」って、自分を認められたと感じられた。
 透明だった私の存在が、認められることで、どんどんカラフルになっていく、そんなふうに今は感じてる。

(本願寺新報 8月20日号より転載)
 

「生き方が変わった」


—仏教を教わるようになって、よく聞く言葉に「ありがたいご縁で」ってあるよね。
 私はこの「ご縁」って、ちょっと大胆だけど「心を乱すもの」だと思うの。心が乱されて、初めて気づくことがあって。ナムナムガールズのメンバーと出会って友情を築けたけど、その間に悩んだりつらくなったりすることがたくさんあったし、反対に、うれしいこともたくさんあった。うれしいことや、つらいことのローテーションで、どんどん、いろんな自分の気持ちに気づかされていく。だから、ご縁って良い意味で私の心を乱してくれるものだと思う。私たちが教わった仏教って、「煩悩ダメッ」ではなく、実は私たちってたくさんの煩悩を持ちながら生きてるんだっていうこと。だから、自分がネガティブにならずにそのまんまが自分なんだって前を向いて歩いていける。そう感じたら、私の出あうものすべてが私のためにある、大切なご縁になっていくんじゃないかな。

—私はナモアミダブツに出あって生き方が変わった。「ナムナムガールズやってみない?」って
先生から誘われて始めた「形から入るナモアミダブツ」だった。お寺じゃない場所で私たちの活動を紹介したら、「ナモアミダブツ、踊るの?」ってびっくりされるけど、歌って踊ったらそんな人とも一緒に「ナモアミダブツ」してるの。つながっていける何かがあって、宗教の壁って超えていけるんだなって感じた。
 そして、お寺で、おじいちゃん、おばあちゃんたちが、いろんな経験をする中でお念仏に出あっている本物の姿を見ることで、自分の中の「ナモアミダブツ」の味わいが深まった。それぞれのナモアミダブツとの出あいがあって、それがどんどん深まっていくんだなって思った。
 これから、私たちや、私たちの子どもとか孫の世代が、どんなふうにお念仏をとなえていくのかわからないけど、ナムナムガールズも新しい「念仏者の生き方」って言ってもいいのかなって、私は思っている。

(本願寺新報 8月20日号より転載)
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