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学園トピックス
 

2018年2月26日「宗門校で学んだ証に」〜相愛学園、京都女子高 高校3年生が帰敬式〜


 この春、宗門校や宗門の関係園を巣立つ若者や子どもたちが相次いで本山へ卒業奉告参拝に訪れている。御影堂での式典や帰敬式に臨み、み教えと共に過ごした時間をかみしめている。
 相愛学園(大阪市)は卒業式を間近に控えた相愛高校3年生137人が2月26日に参拝。宗門校で学んだ証にと生徒96人が帰敬式に臨み、同伴した保護者や相愛大学生ら14人も一緒に受式した。ご門主が1人1人におかみそりを当てられた。同高3年の前田珠樹さんは父・康博さん(52)、母・希世子さん(52)と親子そろって帰敬式を受けた。康博さんは「お手次の桐原良彦住職(大阪府吹田市・西福寺) が『帰敬式を受けるなら、ぜひ娘さんの卒業参拝でご家族一緒に』と勧めてくださった。娘が相愛学園で学んでくれたおかげで私たちもご縁をいただいた」、珠樹さんは「今の私があるのは両親のおかげ。どんな時も両親が支えてくれたように、今度は私が誰かを支えていきたい」と話した。

 

 28日には京都女子高校(京都市東山区)の3年生381人が参拝式に臨んだ。慣れ親しんだ音楽礼拝でおつとめ。生徒たちは宗門校での思い出をかみしめるように手を合わせていた。また、1 2 3 人が帰敬式を受式した。勝本藍さんは「仏教のことを知らなかった私に、先生や友人が丁寧に教えてくれた。ここで学んだことを大切にして、今度は家族と一緒に参拝したい」と語った。
 卒業前の大切な参拝式を終えた生徒たち。同級生との残り少ない時間を惜しむように笑顔で本山を後にした。

(本願寺新報 3月10日号より転載)
 

2018年2月20日「龍谷富山高出身の大江さん 母との夢 五輪出場かなえる」


  宗門校・龍谷富山高校出身の大江光さん(22)がスノーボード女子ハーフパイプ日本代表として平昌冬季五輪に出場し、小さい頃から目指していた夢をかなえた。同校出身者では初の五輪選手となった。
 大江さんがスノーボードを始めたのは小学1年生。「母が流行に乗ってスノーボードをしていた。『光もやってみる?』と母に誘われ、『やるっ!』と答えたそうです」と笑う。五輪出場が夢となったのも母の一言からという。
 中学生で大人と戦えると意識し、14歳でプロ資格を取得。15歳で全日本選手権に優勝、16歳でユース五輪優勝という華々しい経歴を持つ。しかし、4年前のソチ五輪前には成績が振るわず、代表選手に選ばれなかった。「ショックが大きくて、本当にやめようと思った。でも、『お母さんもっとがんばるから。もっと働いて光を支えるから、一緒にがんばろう』という言葉を聞いて、はっと目が覚めた。それからはこれまで支えてきてくれた人への恩返しのつもりで練習してきた」と話す。
 器械体操も習い、男子並のスピン軸で難易度の高い空中技を決めることで、夢をつかんだ。 
 高校時代を振り返り、「1番の思い出は、担任の永井郁子先生に励まされ簿記検定3級を取得したこと。スノーボードの大会で休みがちだった私に付き合って、一緒に勉強してくれた。いい思い出」と語る。
 永井先生(39)は「ノートいっぱいに『オリンピックに出る!』と書いていたことが印象的だった。自ら夢を文字にすることで実現への一歩を踏み出し、実行したのは本当に素晴らしい」と努力をたたえた。
 富山市出身、BURTON所属。

(本願寺新報 2月20日号より転載)
 

2018年2月20日「青春俳句大賞決まる」〜龍谷大〜


  宗門校・龍谷大学で、現代に生きる若者が感じたことを、俳句で自由に表現し、社会に発表する「第15回青春俳句大賞」の受賞作品が発表された。2003年度から始まった同大賞は年々関心が高まり、今回の応募総数は、前回を7000句ほど上回る8万7376句となった。
 最も多い5万3177句が寄せられた中学生部門の最優秀賞には、東京・開成中学3年の笹田陽太さんの「足裏にみづやはらかし立泳ぎ」が選ばれた。選考委員の茨木和生さん(俳人協会副会長)は、「みづやはらかし」と文語かつ平仮名で表現したところなどが心憎いと評した。
 そのほかの5部門の最優秀賞作品は次の通り。○高校生部門「みつあみのかたち残つた髪洗ふ」広島・赤木佑実さん○短大・大学生部門「跳箱の胴の空つぽ稲光」福岡・森優希乃さん○想いでの修学旅行部門「高館で芭蕉を語る桜かな」東京・冨岡枝理夏さん○文学部部門「海の青色鉛筆に無いと泣く」茨城・遠藤寛奈さん○英語部門「buying a ten-year diary Will I be here Or…not?」京都・石澤幸子さん。
 全入選作品97句は同大学ホームページ(https://www.ryukoku.ac.jp/haiku/)に掲載している。

(本願寺新報 2月20日号より転載)
 

2018年2月20日「〝平和をめざして〟」〜京女大がシンポ〜


 京都女子大学(京都市東山区)は先頃、シンポジウム「平和をめざして生きる—私と戦争」を同大学で開き、学生や大学関係者、一般市民らが聴講した。
 同大学出身で広島大学大学院生の寺西名子さん、ジャーナリストの布施祐仁さん、元防衛官僚の柳澤協二さんが講演した。
 寺西さんは、同大在学中から平和問題に関心を持ち、大学院へ進学後、西アフリカ西部のシエラレオネを2回訪問し、紛争が招いた貧困問題や支援のあり方について学んできたことを語った。
 パネルディスカッションは、講演した3人にシンポジウムの企画に携わった学生2人が加わり実施した。
 2人の学生は、講演の感想を交えながら3人の講師に「私たち学生にもできることはあるのか」と質問。寺西さんは「世界中のどこかで紛争や貧困で困難な生活を強いられている人がいることをまずは知ってもらいたい」とエールを送った。

(本願寺新報 2月20日号より転載)
 

2018年2月19〜23日「学生が福島、宮城訪ねる」〜筑紫女学園大〜


東日本大震災から7年
福岡の味と心を届けて交流会

 東日本大震災から7回目の「3月11日」を迎える。被災地の多くは復興がままならず、その爪痕は大きく残ったままである。宗門校・筑紫女学園大学(福岡県太宰府市)は震災翌年の2012年春から毎年数回ずつ、学生ボランティアが岩手、宮城、福島に赴おもむき、交流会で郷土料理を手作りし、現地の語り部から話を聞き、被災地の思いに触れる活動を続けている。今回も2月19日から5日間、学生14人が被災地を尋ねた。

 同大学は、宗門校の学生として何かできることをと、2012年から毎年春と夏に2回ずつ、東日本大震災の被災地を訪ねて交流会を開いている。東北の人たちは若い学生の訪問を楽しみにし、また、学生は活動を通して、いのち、人に寄り添う大切さなどを学んでいる。
 ボランティアには毎回、多くの学生が参加を希望し、今回も抽選で選抜された14人が参加した。2回目の参加となる堤ゆいさん(3年)は「自分にも何かできないかと、1年の時に初めて参加した。その時、被災者の方に『また来てね』と声をかけられた。その約束を果たそうと再び参加した」と話す。
 学生たちはまず、福島県浪江町に向かった。事故を起こした東京電力福島第1原子力発電所を高台から見た後、規制が解かれた地域を訪ね、人が住める状況ではない現状を目の当たりにした。
 次の日には、福島市の福島県復興支援宗務事務所で、浪江町・常福寺の廣畑恵順住職から福島の現状を聞き、同市などで避難生活を送る同寺門徒が集まり交流会を開いた。学生を引率する宇治和貴准教授(熊本市・廣福寺副住職)が法話を行い、学生は福岡名物の「水炊き」などを手作りした。そして、食事をしながら震災当時の様子などを聞いた。
 宮城県では、仙台市の復興公営住宅2カ所で交流会を開き、学生は住民と一緒に、福岡の郷土料理「がめ煮」と「梅ヶ枝餅」を作った。
 若林区の若林西復興公営住宅の集会所には住人25人が集った。学生の訪問で笑顔が広がった住民たち。「若い人たちと一緒に料理ができて、楽しい時間を過ごさせてもらった」「福岡まで行くことはなかなかできないから、交流会を楽しみにしていた。初めて食べた梅ヶ枝餅はおいしかった」と喜んだ。4時間ほどの交流で、お互いを名前で呼び合うほどになり、帰り際には別れを惜しむ声が上がっていた。
 また、宮城野区の燕沢東復興公営住宅でも同様に交流会を開き、住民たちと親交を深めた。制野洋子さん(68)は「いろいろなボランティアの方が来てくださったが、学生さんは初めて。若い人たちと一緒に食事をしたり、いっぱいお話をして、皆うれしくて、元気をもらえた。来年もぜひ来てほしい」と笑顔で話していた。

 

「被災地の現状を社会に」

 

 ボランティアを終えた学生たちは、同市青葉区の仙台別院に併設されている東北教区災害ボランティアセンターで反省会を開き、活動を振り返った。
 初めて参加した藤野奈央さん(2年)は「大震災から7年が経ち、最近は報道もあまりされなくなり、現状を知ることが難しくなっている。現地に来て、復興はまだ終わっていないことを思い知らされた。現状をもっと社会に発信していかなければいけないと強く感じた」と話した。
 約束を果たそうと参加した堤さんは「『またね』と約束した人とは会えなかったが、多くの人と出会うことができた。被災した人たちがお互いに支え合って生活している話を聞き、私自身も周りの人たちに支えられて日々を生かされていることに気付かせていただいた。同時に、この活動の意義をあらためて考えさせられた。先輩からずっと続くこの活動に込められた思いを引き継ぎ、また参加したい」と話した。
 宇治准教授は「学生たちにはこの活動だけに満足せず、私たちは多くのいのちに生かされているということや、新たな価値観、考え方を学び、それを社会に向けて発信することを考えるきっかけにしてほしい。
筑紫女学園は浄土真宗のみ教えが建学の精神。それを胸に、学生たちが自主的に気付きや学びを高められるように、今後もこの活動を続けていきたい」と語った。

 

      ◇ ◇ ◇

 

「過去から学んでほしい」

閖上で語り部の言葉を胸に刻む

 

 東日本大震災によって壊滅的な被害を受けた宮城県名取市閖上地区の、旧閖上中学校敷地に建てられる「閖上の記憶」を、学生たちは訪ねた。ここでは、閖上の人たちが語り部として、訪れた人々に震災の記憶と、「いのちの大切さ」を伝えている。学生たちは、語り部の小齋正義さんの話を聞いた。
 「地震が起きた後、津波警報が発令された。その直後に、仲の良かった隣家の人と話したことを今でも鮮明に覚えている」と話し始めた。
 「避難しよう」と声を掛けたが、隣の家からは「後から行くよ」の返事。小齋さんはその返事を聞いて、先に避難した。
 「あの時以来、連絡は取れていない。『なぜ強引にでも一緒に避難しなかったのだろう』と、当時の自分の行動を後悔してやまない」と今の気持ちを語った。
 「私たちのような悲しみを二度と起こさないために、いのちの大切さを閖上からずっと発信し続けている。未来のことを考えることも確かに大切だが、それはあくまでも予測でしかなく、私たちは過去から学び、日頃からさまざまな想定をして避難訓練をすることや、その経験を社会に発信していくことが重要だと感じている。 皆さんには今回現地を訪れて経験したことや感じたこと、私たちの思いを、社会や少しでも多くの人たちに発信するとともに、与えられたそのいのちを精いっぱい生き切ってほしい」と強く語った。
 学生たちは、小齋さんの言葉に聞き入った。そして、同施設で津波の映像と、展示される被災者の遺品を見ながら、悲しみや被害の大きさを心に刻んだ。

(本願寺新報 3月10日号より転載)
 

2018年2月19〜23日「小島 玲奈」〜東北ボランティアに3回目の参加〜


 東北でのボランティア活動に参加した宗門校・筑紫女学園大学の4年生。
 同大のボランティアに加わり初めて東北を訪れたのは2年前。この時感じた、「報道だけではわからない被災地の現状をもっと知っておきたい」の思いを持ち続け、熊本地震の被災地にも赴いた。「私たちがどれだけ力になれているか不安はあるけど、お茶会の何気ない会話の中で見せる皆さんの笑顔や、別れ際に『来年もおいで』と私の名前を呼んで見送ってくれた優しい声が、その不安から私の心を救ってくれる」と話す。
 この春からは社会人。「現地でボランティアをするのは難しいかもしれないけれど、普段からできることがあるはず。東北や熊本で出会った皆さんの思いを心に留めて、学んだことや感じたことを身近な人や若い世代に伝えていきたい」。

(本願寺新報 3月10日号より転載)
 

2018年2月16〜18日「京都マラソンで東北支援」


 宗門校・龍谷大学経営学部の松永敬子教授のゼミ生が2月16日から3日間、東日本大震災支援事業の一環として、京都市左京区の「みやこめっせ」で開かれた「京都マラソン2018おこしやす広場」で、西陣織グッズを販売した。今年で7回目。
 スポーツと地域活性化の観点から、地域の人たちと協力して伝統工芸品を企画・制作・販売するというもので、今回は、メンバー23人が伏見区老人クラブの人たちと、工業組合から提供された西陣織の生地を生かした巾着や生糸のミサンガなどを共作した。
 松永教授は「2011年の震災直後、ハーバード大学の学生がボストンマラソンで東日本大震災支援活動を行っていた。そこから着想し、当時のゼミ生が『日本で暮らす自分たちこそがしなければ』と企画して始まった」と語る。同ゼミ長の岡千春さん(3年)は「先輩から続く素晴らしい活動。地域の子どもやお年寄りとふれあいながら、伝統工芸の技術継承や、スポーツの普及促進に寄与できること、そして私たちの活動が東日本大震災復興支援などの社会貢献につながることがうれしい」と話した。
 売上金は東日本大震災支援事業「スポーツこころのプロジェクト」に全額寄付し、その活動にボランティアスタッフとしても参加する。

(本願寺新報 3月1日号より転載)
 

2018年2月15日「支えられてきた私たち、今度は」〜北九州・敬愛高校で卒業式〜


 卒業式のシーズンを迎えた。宗門校の北九州市・敬愛高校は2月15日、大谷範子名誉学園長ご臨席のもと、隣接する鎮西別院で第68回卒業証書授与式を行った。校歌、仏教讃歌を唱和し、生徒が献華・献灯を厳かに
行った後、武藤忍校長が卒業証書を手渡し、大谷名誉学園長が卒業生にはなむけのお言葉を述べられた。
 在校生代表の送辞に続いて、1 6 9 人の卒業生を代表して原田佳代子さんが答辞。「この学校での、尊いいのちを見つめながらの学びはかけがえのない宝です。私たちが支えられてきたように、支えていく強さと優しさを持てるようにこれからの未来を輝かせていくことを誓います」と、あふれる思いをかみしめながら述べた。
 在校生や保護者らの拍手の中、卒業生はキャンドルを手に涙と笑顔を見せながら退堂した。
 宗門校の多くの高校が、3月1日から3日にかけて卒業式を行う。

(本願寺新報 3月1日号より転載)
 

2018年2月11日「龍谷大学が「食」通じて社会とかかわる」


本山前で〝あずき粥〟ふるまう

 

 宗門校・龍谷大学の農学部は2月11日、本山前の同大学龍谷ミュージアムで「あずき粥をふるまう会」を初めて開いた。滋賀県大津市にある同学部の実習農場で栽培したうるち米と小豆で炊いた粥に、伝統野菜の山田ねずみ大根の浅漬けをそえて、来館者や通行人に振る舞った。
 農作物の遺伝の原理や技術開発などを学ぶ学生5人が「自分たちが育てたコメや野菜を一般の人に味わってもらいたい。親鸞聖人がお好きだったと伝わるあずき粥を、ご本山の門前で」と企画した。小雪の舞う中、学生から温かい器を受け取った人らは「全部あなたたちが育てたの」と小豆の種類を尋ねたり、「思わぬご馳走にあずかりました」と笑顔を見せていた。発案者の土居優美さん(植物生命科学科3年)は「普段は農作物を研究対象として見がちなので、皆さんがおいしそうに食べてくださって、研究の先に消費者の方々の食や生活があることを再認識した。また次の機会があれば」と話していた。


日本料理の発展をめざして

 

 龍谷大学「食の嗜好研究センター」(センター長=伏木亨農学部教授)は2月17日、日本食文化の継承と発展に取り組むNPO法人「日本料理アカデミー」(村田吉弘理事長)とともに、食の嗜好性や日本料理に関する研究成果を社会に還元するためのシンポジウムを、京都市内のホテルで開催した。
 同シンポジウムは、2015年に初めて開き、今回で4回目。「日本料理のテロワール(=風土)」をテーマに、料理人が研究した成果を同大学の教授らと対談しながら発表し、京都の有名老舗料理店などの9人の料理人が、フジツボやへしこ、加賀レンコンなどの地域独自の食材や調理法を京料理に取り入れた〝新しい日本料理〟を来場者320人に振る舞った。
 伏木センター長が「地域の歴史や文化、気候や宗教などさまざまな要素が影響し、料理や食材の味わい方や思い入れが異なってくる。その差異を研究・共有することで日本料理の発展につなげていきたい」と語った。

(本願寺新報 3月1日号より転載)
 

2018年2月10日「《金沢龍谷高校》に」〜4月から尾山台高校が校名を変更〜


 宗門校の尾山台高校(学校法人藤花学園=日谷照應理事長、石川県金沢市)が4月1日から、校名を「金沢龍谷高校」に変更する。
 宗門校であることを明確にするため、新名称に「龍谷」の文字を入れた。海外の大学への進学と、情操教育として取り組む「こころ・感謝の授業」の拡充に力を入れていく。
 また、藤花学園は、教育指導の充実を目的とした中高一貫教育を行うため、2021年4月の中等部開設を計画している。定員70人の2クラスを予定。認められれば、同県私立校で3校目となる。

◇尾山台高校 大正11(1922)年に金沢別院の石原堅正輪番が、親鸞聖人のみ教え「報恩感謝」の心を基調として、高い知性と豊かな情操を持つ、健康で有為な青年の育成を目的に、金沢高等予備学校として設立。同13年に同別院大谷廟所のある、現在の金沢市尾山町に校舎を建設した。現在の名称には、昭和52年に変更。また、現在地へは平成元年に移転した。

(本願寺新報 2月10日号より転載)
 

2018年2月10日「犬塚 誠」〜金子澄之助奨学生に選ばれた龍谷大3年生〜


 本願寺派教学助成財団の「金子澄之助奨学生」に選ばれた宗門校・龍谷大学文学部仏教学科の3年生。愛知県岡崎市出身。篤信な門徒の家庭に生まれ、中学生の時から遠縁の同市・明願寺の常例布教に通ったという。「私の先祖は、『三河の一向一揆』で徳川家康との戦いに参加したと聞いている。先祖がいのちをかけて大事にした教えとは何かと疑問を持ったことが、浄土真宗を学んだきっかけ。いざ勉強を始めると、阿弥陀如来がありのままの私を救ってくださると聞き、真宗には何かつかまれるようなすごみがあった」と話す。
 高校生の時に得度し、同大学に進んだ。「2 5 0 0 年前から続いてきた仏教が、今この私に確かに伝わっている。奨学生として一層勉学に励み大学院を目指したい。将来は仏教学の研究者になって仏教や浄土真宗を多くの人に伝えていきたい」。

(本願寺新報 2月10日号より転載)
 

2018年2月6日「【豊かに生きるとは…】 朗読通し、み教え伝える」〜北海道教区〜


札幌龍谷高1年生にいのちの授業

 

 「御同朋の社会をめざす運動」北海道教区委員会社会部会(菅原誓之部会長)は2月6日、宗門校・札幌龍谷学園高校の1年生294人を対象とした「いのちの授業」を札幌別院(札幌市中央区)で行った。朗読と法話、歌を通してみ教えのエッセンスを伝えていく、同教区僧侶有志の劇団・チームいちばん星(久保田夕子座長)が朗読劇「豊かに生きる」を上演し、高校生とともにいのちについて考えた。


 オープニングは、「糸」(中島みゆき作詞作曲)が流れ、布袍姿の僧侶が登場。私のいのちのつながりについて、「父と母で2人というように先祖をさかのぼっていくと、20代前では100万人を超えます。私は、縦につながる無量のいのちのバトンを受け継いで、今を生きています」
「両親、きょうだい、友人、職場の上司、後輩、妻、子ども…私は、横に広がる多くのいのちの中で、今を生きています」などと問題提起、続いていちばん星が朗読劇を披露した。
 まず、〝見えないものを感じて生きる〟〝悲しみを乗り越えて生きている〟子どもたちの詩を朗読。その後、食肉センターに勤める坂本義喜さんの体験を基にした絵本『いのちをいただく』の朗読劇を行った。
 『いのちをいただく』は、少女がかわいがってきた牛のみいちゃんを生活のために殺し、解体し、お肉をいただくという話を通して、食といのちについて問いかけていく内容。劇の最後には、同劇団の豊田靖史さんが法話を行った。
 豊田さんは「私たちは、他のいのちをいただかなければ生きていけない。だからこそ、せめて食事をいただく時には『いただきます』『ごちそうさまでした』を。なぜならそれは、いただいたいのちに対する『ごめんね』と『ありがとう』という意味だから。言うのが恥ずかしいのではない、それすら言わないことが、人としてとても恥ずかしいこと」。そして、「その『ごめんね』『ありがとう』が、私たちの日常生活のあらゆる場面にあふれる人生こそが、本当の意味で豊かに生きることにつながっていく。それを教えてくれるのが仏教」と語りかけた。
 授業を受けた滝澤香綸さんは「学校の体育館ではなく、仏さまのおられる本堂という空間だからこそ、いのちについてきちんと考えることができたと思う。いのちをいただくことに対して自分のできる最大限のことをして、ありがたくいただかないといけない」。また土井信條さんは「私も含めて今の若者は、『いただきます』とほとんど言っていない。この授業を機にしっかり声に出して感謝を伝えていきたい」と感想を語った。

 

高校と協力 5、6時間目として実施

 

 いのちの授業は、同教区の重点項目「社会的要請に応える事業」の展開として、多感な時期にある若者にみ教えに触れてもらうご縁づくりの実践として3年前から実施。青少年によるさまざまな悲しい事件が起こる中でいのちを考えるきっかけになればと、札幌別院に隣接する札幌龍谷学園高校と協力し、1年生の特別講座として、5、6時間目の授業の一環として行っている。社会部会の委員は、事前に同校で宗教の授業を見学。後日行われた「いのちの授業」を踏まえた宗教の授業も参観し、授業の最後には、生徒と意見交換を行った。
 菅原部会長は「上演中は、若者に本当に伝わっているのだろうかと不安になったが、アンケートを見るとしっかりと受けとめてくれていた。2年生、3年生に進級しても、将来的には継続して何らかのアプローチができれば」と思いを語る。
 宗教科の笠原哲央教諭は「保護者の方々から、『高校に通うようになってから合掌して〝いただきます〟と言うようになった』『子どもが〝ありがとう〟と言うことが多くなった』といった声をいただいている。これは、宗教の授業がある宗門校ならではの大きな特色。今後もお互いに協力し、深めていければ」と語った。

(本願寺新報 3月1日号より転載)
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