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行事
 

2016年5月20・21日「本山で宗祖降誕会」


 宗祖降誕会が5月20、21日に本山で行われ、1万人の参拝者でにぎわった。

 21日は、ご門主御導師のもと宗祖降誕奉讃法要(音楽法要)が御影堂で営まれ、全国の宗門校の学生や生徒、中央仏教学院生など1200人が参拝した(写真)。宗門校26高校の生徒98人で結成された讃歌衆を中心に「重誓偈」「念仏」などを合唱、オルガンの音色とともにきれいな歌声を堂内に響かせ、宗祖のご誕生を喜んだ。

 讃歌衆を務めた神戸龍谷高校3年の大道聖加さんは「人が多くてびっくりしましたが、不思議と緊張はせず、練習通り歌えました」と笑顔で語った。

(本願寺新報 6月1日号より転載)
 

2016年5月20日「語り継ぐ 平和への思い ④」

宗門校・武蔵野女子学院
私たちの学校も戦場だった


 戦時中の暮らしを知る人は「戦闘地域だけが戦場ではなかった」と口をそろえる。空襲や物のない厳しい生活にさらされたのは中高生も同じ。軍国主義の教育、学徒勤労動員。戦争と隣合わせの学校生活を過ごし、「お国のため」と青春を捧げた。東京都西東京市の宗門校・武蔵野女子学院では、戦争の記憶を後輩に伝えようと当時の女学生が「証言」を続けている。その願いを戦争を知らない世代の教員らが受け継ぐ。「私たちの学校も戦場だった。平和の尊さ、学べる喜びを知ろう」と在校生に語りかけている。


生徒4人、空襲の犠牲に
卒業生から戦争知らない世代へ


「散華乙女の碑」の法会

 校庭の一角に、ひっそりと佇む小さな石碑と1本のワビスケ。同学院の生徒4人が空襲の犠牲になったことを刻む「散華乙女の碑」と、戦争で儚く命を奪われた乙女を偲んで植えられた木だ。
 1944(昭和19)年12月3日、B29の編隊が投下した爆弾の1発が校庭の防空壕を直撃、壕に逃げ込んでいた斉藤昭子さん、小林りつ子さん、赤沢ミヨさん、中根尚子さんが亡くなった。旧制高等女学校5年生、17歳だった。
 「決戦非常措置要綱二基ク学徒動員実施要項」の閣議決定によって、中学生以上のすべての学徒の通年動員が実施されたのは同年4月。この頃から授業は極端に減り、学校生活は戦争一色に染まった。武蔵野女子学院高等女学校の生徒も、零戦など戦闘機のエンジンを生産していた中島飛行機武蔵製作所など近隣の軍需工場に動員され、旋盤作業や検品を手伝った。


 空襲のあった日も作業中に空襲警報が鳴った。学校に退避するよう指示されていた生徒たちはいつものように手を取り合い、敵機が飛来する轟音の下を駆けた。校庭に逃げ着いた4人の生徒はここで命を奪われた。学校も戦場だった。
 「二度とこのような悲劇を繰り返さないために」と同学院は毎年、この日に「散華乙女の碑」の前で追悼会を営む。戦後70年の昨年も関係者が出席して法要をつとめ、続いて卒業生と高校3年生との懇談会が開かれた。
 「70年前はちょうどあなたたちの年頃。でも、スカートの制服も着れずズボンで頑張っていました。もうそんな時代になってほしくない。平和な世界を築いてもらいたい。それがおばあちゃんたちの願いです」
 犠牲になった4人と同級生の松村美穂子さん(88、旧姓=瀬戸)は生徒たちに短く語りかけた。声が震えた。石碑の前で手を合わせ、いつものように「お瀬戸が来たよ」と心の中で4人に話しかけると、今年も涙を抑えることはできなかった。「私たちはあなたたちの分も頑張って一生懸命生きようと誓った。この歳になるまで何一つ残せなかったけど、堪忍してちょうだい」。そう詫びたという。


あの日をわすれない

 懇談会を企画した同窓会「くれない会」は昨年、松村さんたちの証言や手記、戦時中の日誌類をまとめて『あの日をわすれないために』を刊行した。
 表紙には、「神風」と書いた日の丸の鉢巻きを締め、口元をキュッと結んで立つ作業服姿の少女。当時2年生だった岩崎政子さん(85、旧姓=竹下)が台湾の銀行に単身赴任していた父に送るため、昭和20 年1月に写真館で撮ったという。4人が犠牲になった空襲のひと月後のこと。岩崎さんは「中島飛行機は大きな軍需工場。動員になった時から家族も死は覚悟していた」。最後の姿を残そうとした1枚だ。岩崎さんは「武蔵野の制服に憧れて入学したけど一度も着られなかった。制服姿の皆さんがうらやましい」と懇談会で語った。
 岩崎さんは昭和5年生まれ。学徒動員された最後の学年とされる。「もう、戦時中の学校生活を語れる人は少ない。今のうちに伝えないと。追悼会には毎年最後のつもりで出席している」と話した。


平和憲法の意義学ぶ

 卒業生の願いを在校生に語り継いでいる一人が、社会科の松岡千里教諭(44)。「くれない会」がまとめた戦争体験者の文集を手にしたのを機に、15年前ほどから戦時下の校史の研究や卒業生への聞き取りなどに携わってきた。「武蔵野女子学院に勤める者としての使命」と感じたからだ。
 松岡教諭は毎年、中学3年生の「公民」の最初の授業を石碑の前で始める。今年も4月18日に授業を行い、「皆さんの先輩方はここで戦争とともに青春時代を過ごされました。私も戦争は知りませんが、皆さんと一緒に学びたい」と語り、最後に石碑の前で手を合わせた。ある生徒は「勉強できる私たちは恵まれている。どれだけ幸せか、わかりました」と話した。
 松岡教諭は「生徒には日本国憲法が生まれたきっかけを知ってもらいたい。条文の暗記ではなく、戦争と平和を考える中で『平和憲法』の意義を学んでほしい」と思いを語った。

(本願寺新報 5月20日号より転載)
 

2016年5月20日「若者が自由な発想で仏教伝える」


 若者たちが従来の枠にとらわれず、新たな形で仏教を伝えようとしている。活動の根源にあるのは「お寺は楽しい所だという思い出を」。寺院活動の活性化に力を注ぐ若者にさらなる活動のステージを。


敵を倒さないヒーローショー


ジッセンジャー園児、小学生向け


 仏教の教えをストーリーに盛り込んだ戦隊ヒーローショー「ジッセンジャー」。

 思いついたのは、龍谷大学大学院実践真宗学研究科の学生僧侶たち。3年前からショーを展開、軽快なアクションを取り入れた演出は、子どもたちのハートをわしづかみ。かっこよく親しみやすい仏教のメッセンジャーとなっている。

 現在は3年生の高橋光慈さんが中心となって、各地の寺院や幼稚園で上演している。一般のヒーローショーと違うのは、敵を倒さないこと。ヒーローの「ビャクドー」と怪人の「ジャカツ」が登場するが、決着の前に必ずあるのが「相手の立場や考えの違いに気付かされる」というシーン。世の中で思い描く善悪の判断が必ずしも正しいわけではないという「気付き」を表現する。

 特に園児や小学生に大人気。「ヒーローが必ず自分を助けに来てくれる、自分のことを見守ってくれる存在がいる」という安心できる存在があることを伝えている。

 

⇒ Facebook「 jissenjya project」で検索

⇒ 宗派運営のHP「他力本願ネット」の「僧シャル見聞録」で紹介中

 

■連絡先(問い合わせ・公演依頼)

 ジッセンジャー

 ⇒ jissenjya@gmail.com


女子高生が仏教との出遇い演じる


NUM−NUM GIRLS(ナムナムガールズ)

高校生以上向け


 大分県中津市にある宗門校、東九州龍谷高校の女子生徒で作るナムナムガールズ。歌って踊って演技して、楽しく仏教を伝えている。

 当初は仏教系アイドルグループとしてCDデビューしたが、現在は仏教を伝えるご縁づくりグループとして、各地の寺院などで公演活動を行っている。

 宗門校で仏教に出遇っていく自分たちの姿を、等身大の劇で表現。「仏教って漢字ばっかじゃね?!」などと若者が抱くありがちな印象をセリフで述べると、会場からは思わず笑い声がわき起こる。そして、日常の悩みや苦しみが、仏教によって転換されていく様子を2曲の歌とともに明るく爽やかに演じている。

 5月1日には2枚目のシングルとなる新曲「さよなら先輩」を発売した。バラード調の曲で、亡き人を先輩と呼びながら、追悼の思いを込めて、いつまでも終わらない物語を歌っている。同校ホームページや本願寺出版社で販売中。10月からの伝灯奉告法要の関連行事にも出演予定。

 

東九州龍谷高校生徒有志

キャプテン:東陽香穂さん(2年)

プロデューサー:紅楳 聖 教諭(41)

HP ⇒ http://hk-ryukoku.ed.jp/

 

■連絡先(問い合わせ・公演依頼)

 東九州龍谷高校 宗教教育部

 電話 0979(22)0416

 ⇒ numnumgirls@gmail.com

 

(本願寺新報 5月20日号より転載)
 

2016年5月20日「阿部 美枝子」〜武蔵野女子学院同窓会会長を務める〜


 宗門校の武蔵野女子学院中学・高校の同窓会「くれない会」の会長を務める。終戦70年の昨年、同学院卒業生の戦争証言をまとめた『あの日をわすれないために』を出版した。「中学生の頃はまだ戦争の爪跡が生々しく、爆弾でキャンパスにできた穴を、銀杏の枯れ葉を集めて埋めました。今は面影もありませんが」。同高校、武蔵野大学と進み、卒業後は同高校で英語を教え、5年前に定年を迎えた。

 在職中は留学事業に力を注ぎ、2 0 0 人以上の生徒を世界各国に送り出した。自分がかなわなかった留学の夢を教え子に託し、ひと回りもふた回りも成長して帰ってくる生徒の姿に喜びを味わった。「母校で人生の半分以上を過ごせたこと、宗教の学校で人生を学べたことが私の幸せ。第2、第3の青春をこの場所で味わっています」。東京都立川市在住。

(本願寺新報 5月20日号より転載)
 

2016年5月1日「佐々木 英明」〜福井・北陸中学校の校長に4月から就任〜


 福井市にある宗門校・北陸中学校の校長に4月から就任、「感慨無量」と話す。長年、北陸高校に勤務し、中高一貫校として19年前には同中学の新設にも深く関わるなど、「北陸」一筋の人生を送ってきた。2年前からは同中学の教頭を務めていた。

 同中学の学校法人・北陸学園が1880年の創設以来大事にしてきたのは「こころ」と「いのち」の教育。「宗門校としてこの原点を今一度見直したい。人を思いやるこころを持ち、いのちの大切さを感じられる生徒を育てたい。これを土台にして、生徒それぞれが夢の実現に向かっていってほしい」と語る。

 「ご縁あって北陸中学に入学した生徒には、他の学校では学べないことをたくさん学んでほしい。みんなが協力しあい、生徒や教師が生き生きとする学校を作っていきたい」と柔和に語った。

 60歳。福井県越前市・永林寺住職。

(本願寺新報 5月1日号より転載)
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