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スポーツ
 

2016年1月29日「センバツ決めた!」〜龍谷大付平安高〜

 宗門校の龍谷大付属平安高校野球部が1月29日、第88回選抜高校野球大会の出場を決めた。4年連続40回目で、春夏通算73回は史上最多。

 報道関係者を前に選手たちは原田監督を胴上げし、ガッツポーズで出場決定を喜び合った(写真)。

(本願寺新報 2月10日号より転載)
 

2016年1月29日「市岡奏馬 & 橋本和樹」〜龍谷大付平安高校野球部キャプテン〜

 センバツ甲子園の切符を手にした龍谷大学付属平安高校野球部。原田英彦監督の方針で今チームは主将2人制を導入。燧土勝徳校長から出場決定の一報を受けた2人の主将は「日本一を目指して全力で頑張りたい」と意気込む。

 エースの市岡奏馬さん(高2、写真左)は「たくさんの方々の支えがあってこそプレーができる。感謝の気持ちを忘れずに120%の力を出し切りたい」とガッツポーズで語る。

 チーム打率3割7分9厘は出場32校の中で2番目の成績。そのチームをけん引するのが4番打者を務める橋本和樹さん(高2)。原田監督からも「打線を前面に出したい」と期待される。「負けない試合をし、甲子園通算100勝を目指したい」と力強く語る。

 昨年のセンバツでは初戦敗退という悔しい思いをした。それをバネに2人はこの春の躍進を誓った。

(本願寺新報 2月10日号より転載)
 

2016年1月20日「マウンド上で人生切り開く」

東京ヤクルトスワローズにドラフト3位で入団。高校「日本一」の経験をバネに、野球界の最高峰に挑む。178㌢、73㌔。

龍谷大学付属平安高校3年 高橋 奎二さん

 胸の「HEIAN」が隠れるほど高々と足を振り上げる豪快なフォームから、左腕をしならせて投げ込む直球と鋭いスライダーが持ち味。一昨年のセンバツで主軸として龍谷大学付属平安高校を初優勝に導くなど、甲子園に3度出場し、野球ファンを沸かせた。

 全国の頂点に立った春から2年。セ・リーグ王者ヤクルトのドラフト3位ルーキーとして、憧れのプロ野球選手になった。球団から贈られた背番号は、数々の偉大な左腕投手が背負った「47」。

 「期待してもらっている。プロ入りが目標じゃなく、ここがスタートライン」と高みを望む。

 「プロのレベルは当然高い。でも、これだけは負けない」と自信をのぞかせるのが基礎練習。平安野球部の日々の練習は、メニューが数百を超えるという「日本一のウオーミングアップ」で始まり、体力づくり中心の冬場はアップに2時間余り費やすほど入念。「体幹やバランスのトレーニングは、基本部分はプロにも劣らない。あとは高い精度と、意識の差。長く野球を続けるためにも、こだわっていきたい」。新人もベテランもない実力主義の世界だからこそ、日本一の練習と全国制覇という成果が、自信と勇気をくれる。

 小学3年で野球を始め、ほとんどをピッチャーマウンドで過ごしてきた。「僕はあそこにしか立ったことがない。野球選手として人生が開けたのも、これからの人生を決めていくのもマウンドの上」

 今月7日、埼玉県での新人合同自主トレで本格始動。初の春季キャンプも間もなくだ。

 プロで生き抜く覚悟はできている。

(本願寺新報 1月20日号より転載)
行事
 

2016年1月27日「学生が教育支援プロジェクトに参画」〜筑紫女学園大学〜

 筑紫女学園大学は「ネパール大地震復興教育支援プロジェクト」を地震直後に設立、現地での小学校建設を視野に入れて募金などを続けている。

 1月27日夕には、学生有志が大学構内で復興支援イベント「希望のともしび」を開催。手作りの竹灯籠500本をキャンパスに立てて明かりをともし、チャリティーコンサートや被害状況のスライド上映、募金を呼びかけた(写真)。プロジェクトに参加した楠浦舞子さん(人間科学科4年)は「国の復興は子どもたちの教育から。〝他国で起きた災害〟に終わらせず、多くの学生に支援の輪に加わってもらいたい」。同大は今月中旬、教員・学生による現地視察を予定している。

(本願寺新報 2月10日号より転載)
 

2016年1月21日「活動始めた臨床宗教師」〜龍大大学院 実践真宗学〜

新展開目指しシンポジウム


 宗門校・龍谷大学大学院実践真宗学研究科は1月21日、シンポジウム「臨床宗教師研修の反省と新展開」を京都市下京区の同大大宮学舎で開いた。

 「臨床宗教師」は、病院や被災地などの公共空間で医療、福祉関係者と協働して宗教的心のケアを施す宗教者。死者、行方不明者が1万9000人を超える東日本大震災を契機に、2012年4月に東北大学大学院文学研究科に講座が開設されたことに始まる。

 2年後、東北大学と被災地で宗教的ケアなどのボランティア活動にあたっていた龍谷大学の鍋島直樹教授が橋渡し役になり、実践真宗学研究科も「臨床宗教師研修」を開設した。同研究科からは25人の臨床宗教師を社会に送り出している。

 シンポジウムでは、鍋島教授が「臨床宗教師研修の誕生と目的」を紹介(写真)。同研修の第1期を修了した臨床宗教師の柱本惇さんが特別養護老人ホームなどでの経験を踏まえ「宗教者である自分の主体的な考え方より『相手が何を求めているのか』という他者主体を求められるのが現場だと思う。相手にとって最適な空間を崩すことなく、必要な時に他者に応じる能力を磨いていきたい」と語った。

(本願寺新報 2月10日号より転載)
 

2016年1月20日「土井 龍雄」〜金子澄之助奨学生に採用された龍谷大生〜

 金子澄之助奨学生となった龍谷大学仏教学科の4年生。

 「私より成績が上の人がたくさんいるのに、何の取り柄もない私が選ばれ、申し訳ないという気持ちが強い。『立派な僧侶を育成したい』という金子氏の意に添えるように励まなければ」と真剣な表情で語る。真面目さがにじみ出てくる青年だ。

 岐阜県高山市・勝久寺衆徒。「高校時代、仏教は科学中心の現代社会には聞き入れてもらえないと考えていたので、寺を継ぐためだけに龍谷大に進んだ。しかし、4年間仏教を学ぶ中で、いつからか阿弥陀如来を介して反省している自分に気付いた。今は、仏教は生活に必要だと感じている」と語る。

 すでに大学院に合格しているが、「卒論を書き終えて、大学院で学ぶ資格があるのかを見極めてから進学するかを決めたい」と厳しく自己を見つめる。

(本願寺新報 1月20日号より転載)
 

2016年1月17日「20歳になったら築地で会おう」

 華やかな振り袖やドレスに着飾った女性2 0 0 人が「築地」に大集合。1月17日、築地本願寺(安永雄彦宗務長、東京都中央区)で第43回成人式があり、宗門校の女子高を巣立った新成人らが、家族や一般参拝者に祝福を受けながら、笑顔で境内を華やかにした(写真)。

 築地本願寺は「宗門校でいただいた仏縁を大切にしてもらいたい」と、首都圏にある国府台女子学院高等部(千葉県市川市)、千代田女学園高校(東京都千代田区)、武蔵野女子学院高校(西東京市)の生徒に成人式への参加を呼びかけている。今年も成人式参加者の9割超が3校の卒業生で、全員女性。高校時代から愛用する念珠を手に式典に臨む姿も多く見られ、10人が帰敬式を受けた。

 国府台出身の斉藤遙香さんは「『20歳になったら築地で会おう』が、みんなとの約束。特別な式典でした」と人生の節目を大切な友人と共に迎えた喜びを語った。

(本願寺新報 2月1日号より転載)
 

2016年1月17日「神本 若奈」〜築地本願寺成人式で帰敬式を受けた〜

 「20歳の、今日の、この一瞬。すべてご縁のおかげだと思います。こんな気持ちで成人式を迎えられたのは、千代田女学園での学びがあったから。大切なことを教わっていたんだと実感します」

 築地本願寺の尊前で成人の誓いを立て、式典後には帰敬式に臨んだ。おかみそりが当てられる間、「ご縁」を思い返した。墓前で手を合わせ、お念仏を称えていた亡き祖父の背中。祖父に似て仏教が大好きで、築地の成人式や帰敬式を勧めてくれた父。母も袖を通したこの晴れ着。中・高6年間の千代田での日々。「全部つながって、いまここにいる」。合掌し、まっすぐ見据える先には仏さまがあった。

 「海外の人と交流を深める仕事について、自分の世界も広げたい」と、日本女子大学で異文化交流について学ぶ。つながりでイメージする言葉は、やっぱり「ご縁」だ。横浜市鶴見区在住。

(本願寺新報 2月1日号より転載)
 

2016年1月17日「神戸別院で1・17追悼法要」〜阪神・淡路大震災から21年〜

 阪神・淡路大震災から21年となった1月17日、神戸市中央区の神戸別院は大震災の物故者総追悼法要といのちを考える研修会を開いた(写真)。

 兵庫県伊丹市・最光寺の杉本照顕住職が法話で、震災当時の様子や恐怖、悲嘆を語り、「他人や過去に起こった本当に悲しい出来事を自分自身の問題として学び、いのちを考える出発点にしましょう」と語りかけた。

 宗門校の学生・生徒が「いのち」をテーマにした作文を朗読した。

 宗門校・東九州龍谷高校の生徒有志がつくる、若者と仏教をつなぐご縁づくりグループ「NUM—NUM GIRLS」が30分の劇を上演。この日のために脚本は生徒自らが書き、笑いあり涙あり、歌あり踊りありのにぎやかなステージを繰り広げた。

(本願寺新報 2月10日号より転載)
 

2016年1月11日「城田 椋」〜御堂演奏会を行った龍谷大吹奏楽部幹事長〜

 御正忌報恩講中の1月11日に阿弥陀堂で演奏会を行った龍谷大学吹奏楽部。全国トップクラスの演奏に1000人の聴衆が魅了された。「懐かしの曲から旬の歌まで、さまざまな年代の方に楽しんでもらえるように部員で選曲した。たくさんの方に聞いてもらえ、うれしかった」と喜んだ。
 先月、部員110人を束ねる第48期幹事長に就任した。「昨年、幹事長補佐を経験し『自分がやらなければ』と責任感が湧いた。大役だが挑戦してみようと思った」と幹事長に立候補。「〝つかむ〟が目標。何もしなくても時間は流れる。部のためになることは何かを常に考え、積極的につかんでいきたい」。


 再来年には創部5 0 周年を迎える。「歴史を次代につなげるために、自分たちの代も一生懸命取り組みたい。今年の全国大会でも金賞をつかみたい」とさわやかに話した。文学部3年生。
(本願寺新報 1月20日号より転載)

 

2016年1月10日「新成人が自主企画」〜筑紫女学園高〜

 宗門校・筑紫女学園高校(福岡市中央区)を2年前に卒業した新成人が1月10日、母校で成人式を行った(写真)。

 150人が参加し、制服姿での卒業式以来2年ぶりの再会。メークもばっちり、ドレスアップしたお互いを確認すると、「きゃー、久しぶり!」と歓声を響かせた。

 式典では音楽礼拝を行い、恩師の平たいら孔龍教諭の法話を聞いた。平教諭は「お帰りなさい。帰られる場所があるから安心して人生を歩めます。ここは皆さんが安心して帰ってこられる場所です」とやさしく語りかけた。

 式の企画・準備はすべて新成人が行った。代表挨拶をした福田葉月さんは「仏さまの前での式典が成人としてのいいスタートとなりました。学校生活が、人生の糧となる大切な日々だったとあらためて感じています」と話した。

 同校の式は、10数年前の成人の日に20歳となった卒業生が学園の食堂に集まったのが最初。以来、卒業生が自主的に成人式を開くのが新たな伝統となっている。7年前からは、担任を招待した式典を講堂で行っている。

(本願寺新報 2月1日号より転載)
 

2016年1月10日「第60回全国児童生徒作品展」


御正忌報恩講法要期間中の恒例となった「全国児童生徒作品展」が1月16日まで、本山・聞法会館3階で開かれた。60回目の今回は全国の242団体から「絵画」「書」「作文・詩」の3部門に7122点(絵画3294点、書3259点、作文・詩569点)の力作が寄せられ、353点が入賞した。特選入賞者の表彰式は、1月11日の逮夜法要前に御影堂で行われた。龍谷総合学園の生徒からも多くの入賞者がでた。


小学6年生の特選入賞作品を掲載します。

作文「今日も笑顔で私は生きる」

東京・国府台女子学院小学部 寺田 彩花(6年)

 「えっ、何これ、首!?」

 オレンジ色の囚人服の胴体の上に、切られた首だけが乗っていた。今年2月1日早朝、イスラム過激派組織「イスラム国」によって殺されてしまった後藤健二さん。あまりに残酷な映像に、息が詰まった。

 私が「戦争」を見たのは、これが生まれて初めての事だった。

 人間の命がいとも簡単に奪われる光景—。

 これは他にも覚えがある。

 4年半前の東日本大震災。地震速報を見ようとテレビをつけると、目の前の画面で、大きな津波が町と人を飲み込んだ。

「えっ、逃げてー! 逃げてー!」テレビの中だけでなく、私と母のいる家もグラグラゆれた。妊娠7か月の母は、テーブルの下にもぐるのも辛そうだった。しかし、私は、母とお腹の赤ちゃんを守らなくちゃと、地震と余震がくるたびに、テーブルの下で、母のお腹を抱きしめ続けた。

 あの時、目の前で数えきれないほど沢山の命が奪われていく中、私たちはたった一つの命を守るのに精いっぱいだった。

「お腹が痛い……。」
地震のショックで、しょっ中、カチカチに張ってしまう母のお腹を、一生懸命、優しくなでる事しか私にはできなかった。

「赤ちゃん、お姉ちゃんが守るからね。」私は小学1年生だった。いまよりずっと小さかった私は、本当はとても怖かった。けれど、泣けなかった。泣く事もできないくらい、必死だった。父とは携帯がつながらない。母と赤ちゃんには、私しかいないと思ったのだ。

 丸一日経って、父が歩いて帰ってきた時、私はすごく嬉しかったのを覚えている。汗くさい父のにおいが、たった一日なのに懐かしくて懐かしくて、私は思わず泣いてしまった。

 6月、家族みんなに見守られて、弟が無事生まれてきた時の感動を、私は一生忘れない。

 震災の年、沢山の亡くなった命の重みを背負って生まれてきた命がある。弟は、その中の一つだった。

 人の生命は、人間の悪意や自然の脅威の前にいとも簡単に奪われる。しかし、その一つ一つはやっとで生まれてきた大切な命なのだ。

 大自然の脅威と違い、戦争は人の手によって起こる。防ぐのは、人の心しだいのはず。

 太陽があって、雨もあって、大地の恵みがあって、私達は生かされている。
「お父さん、お母さん、産んでくれてありがとう。みんなみんな、産まれてきてくれてありがとう。」

 命を大切にしようと思う。私だけでなくすべての命を。一人ひとりにできることは小さいけれど、きっとそれが世界中の笑顔につながっていくはず。争いも涙も、少しでもない世の中を目指して。今日も笑顔で私は生きる。


絵画「沖縄の海の中」

北豊・敬愛小学校 坂元 祐紀(6年)

 

2016年1月10日「校友会が大阪で音楽祭」〜龍谷大〜

 母校のPRと卒業生の掘り起こしのため、宗門校・龍谷大学校友会の大阪中央支部(岩本泰典支部長)が先頃、大阪市中央区の津村別院で「本町音楽祭」を開いた。今年で5回目。

 ソプラノ歌手の槇野彩さん(写真=大阪市住吉区・真光寺寺族)やビッグバンドなど5組が演奏。門前の案内板を見て立ち寄った人など、2 5 0 人が音楽を楽しんだ。岩本支部長は「現在は、OBの関係者に出演してもらっているが、現役学生にも演奏してもらい、校友会の組織や活動をアピールできれば」と話していた。

(本願寺新報 1月10日号より転載)
 

2016年1月10日「古城 愛実さん & 松平 寛子さん」〜ご門主をおもてなし〜

 金沢別院(金沢市)をご巡拝されたご門主に、抹茶でおもてなしをした宗門校の同市・尾山台高校茶道部。部長の古城さん(3年、写真左)はお茶、副部長の松平さん(3年、同右)はお菓子を、ご門主の前に運んだ。

 「ひっくり返したり、粗相がないようにと思ったら、緊張がピークに達しました。一生に1度あるかないかの、とても貴重な体験でした」と、互いに顔を見合わせてホッとした表情を浮かべていた。

 2人は高校に入学してから茶道を始めた。古城さんは「練習には京都の薮内家の先生に来ていただき、本格的な指導を受けています。薮内流は本願寺との関係も深く、宗教の授業で学ぶこととは違う本願寺のお話も教えていただきました」と言い、松平さんは「充実した3年間でした。機会があれば、卒業後も習い続けたい」と話していた。

(本願寺新報 1月10日号より転載)
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