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スポーツ
 

2015年6月20日「Jリーグ基準サイズ」〜龍谷高〜

 宗門校の龍谷高校(徳重清隆校長、佐賀市)にこのほど、人工芝のサッカー場が完成。6月20日には関係者が出席してキックオフセレモニーが行われ、同高のサッカー部員と龍谷こども園の園児が真新しいピッチの感触を味わいながら触れ合った(写真)。
 サッカー場建設は3年後に創立1 4 0 周年を迎える佐賀龍谷学園の記念事業。Jリーグ基準サイズの広々としたピッチには中・四国・九州地方で初導入という最新型人工芝が敷かれ、照明灯やサブグラウンドも備える本格的な仕様。
 サッカー部員の山下真周さん(1年)は「芝がフカフカでボールもよく飛ぶ。恵まれた環境に恩返しできるように上手くなりたい」と話し、同高初の全国大会出場を目標に掲げていた。
(本願寺新報 8月10日号より転載)

行事
 

2015年6月22日「日米の高校生が英会話」〜京都女子高〜

 北米開教区のフレスノ別院ジュニアYBA(仏教青年会)の高校生メンバーら14人が6月22日、坂本アラン開教使の引率で本山参拝した後、宗門校の京都女子高校を訪問、高校1年生の英語の授業に参加した。小グループでの自己紹介や互いの国の早口言葉を話題に、授業が終わる頃には会話も弾んでいた(写真)。メンバーたちは「打ち解ければ同じ高校生。最初のひと言を言い出すまでに時間がかかったけど、いい経験だった」と語っていた。
 今回の訪問は、京都女子高の海外研修旅行で北米開教区を訪ねたことがきっかけとなった。
(本願寺新報 8月10日号より転載)

 

2015年6月10日「ピンク色の鮎菓子」〜岐阜聖徳学園高校の生徒が和菓子店と開発〜

 宗門校の岐阜聖徳学園高校(林俊彦校長、岐阜市)商業科2年生の5人が、ほんのりピンク色をしたイチゴ味の鮎菓子を地元の和菓子店と共同開発。斬新なアイデアに発売から2カ月で3万7500個を売り上げるなど話題を集めている(写真)。
 北村光基さん、伊藤真理さん、和田貴子さん、今井貫太さん、白瀧あおいさんの5人は、販売までの流通を学ぶ商業マーケティングの授業で、「岐阜の新しいお土産として、若い人に食べてもらえる和菓子」を企画。岐阜県特産のイチゴ「濃姫」を使った鮎菓子を着想し、和菓子店「緑水庵」の女将・藤吉里美さんに相談を持ちかけた。「ピンク色の焼き生地は…」と難色を示す和菓子職人を説得し、試行錯誤を重ね、完成までには8カ月かかったという。その間、生徒達は包装やラベルのデザインを考え、長良川のせせらぎをイメージしたパッケージを制作した。完成したイチゴ味の鮎菓子は、生地も中身の求肥もピンク色に仕上がり、袋を開けた途端にふんわりとイチゴの甘い香りが漂う。
 生徒たちがJR岐阜駅、長良川ハーフマラソンの観光客や鵜飼観覧船の乗船客などに試食品を配布してPR。緑水庵の6店舗をはじめ、岐阜市内のホテルや旅館、JR岐阜駅や岐阜羽島駅などで販売している。
 白瀧さんは「意見が衝突することもあったが、完成品を見た時に達成感を感じた。見た目がかわいらしく、イチゴの豊かな風味が口に広がる」、和田さんは「街頭で販売していると、『かわいい』などと声を掛けてもらい、うれしかった」などと感想。藤吉さんは「依頼を受けた時はどうなることかと心配したが、実現させることができて何よりもうれしい。岐阜と言えば鮎菓子、とイメージしてもらえるようにPRにより力を入れたい」と意気込む。
 1個1 3 0 円(税込)。問い合わせは緑水庵本店フリーダイヤル0120(641)661。
(本願寺新報 6月10日号より転載)

 

2015年6月10日「北村 光基」〜岐阜聖徳学園高の和菓子作りリーダー〜

 宗門校の岐阜聖徳学園高校商業科2年生。地元の和菓子店と共同で和菓子を開発した、生徒5人のプロジェクトチームのリーダーを務めた。
 商品化されたピンク色の鮎菓子を前に、「和菓子のカテゴリーを壊すような色と香りの画期的な和菓子ができた。一番ご迷惑とご苦労をおかけした職人さんをはじめ、多くの方々の支えがあってこそ。おかげさま」と目を細める。
 小学校から同学園に通う。「母の勧めもあったが、学校見学で雰囲気がよかった。11年間、肌を通して仏教を学んでこられた」と話す。
 昨年、臨済宗の僧侶になった。「学校で仏教を学び、手を合わす中で、葬儀社に勤める母と向き合い、生死について話し合うようになった。僧侶になりたいと思い、実家が臨済宗のお寺の檀徒なので、お寺から得度をさせていただいた」と穏やかに語った。
(本願寺新報 6月10日号より転載)

 

2015年6月10日「永江 武雄」〜龍谷大学大学院実践真宗学に入学〜

 4月に宗門校の龍谷大学大学院実践真宗学研究科に入学した。現在7 4 歳。「昨年から実践真宗学で臨床宗教師講座が始まったことが大きなきっかけ。今までの経験を元に、『看取りにおける宗教の役割』を若い人たちと一緒に考えたかった」。
 宗門が開設したあそかビハーラ病院で、開設直後からボランティア、一昨年9月までの3年半は常駐僧侶を務めた。「緩和ケアは〝死を待つ場所〟と見られがちだが、あそかで人生を締めくくられた患者さんの多くが、チームケアの中で人生を精いっぱい生ききって、見事に死にきって往かれた」とあそかの看取りを語る。今もボランティアに通い続ける。
 JRに勤めていたが、52歳で大病を患い、死を覚悟したことが縁となり仏教と出遇い、僧侶となった。8月には心臓のバイパス手術を控えるが、「出遇ったものを何とか伝えたい」とキャンパスに通う。
(本願寺新報 6月10日号より転載)

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