Topics

 

BackNumbers (Topicsの過去記事)

2017年1月2月3月
2016年1月2月3月4月5月6月7月8月9月10月11月12月
2015年1月2月3月4月5月6月7月8月9月10月11月12月
2014年1月2月3月4月5月6月7月8月9月10月11月12月
2013年1月2月3月4月5月6月7月8月9月10月11月12月
2012年1月2月3月4月5月6月7月8月9月10月11月12月
2011年1月2月3月4月5月6月7月8月9月10月11月12月
2010年10月12月

スポーツ
 

2014年12月21日「葛西 まどか」〜高校駅伝に出場した旭川龍谷高陸上部〜

 師走の京都・都大路で開かれた全国高校駅伝(12月21日)に北海道代表で出場した宗門校・旭川龍谷高校陸上部の3年生キャプテン。
 大会前に調子を落とし本番は控えに回ったが、「同じ目標に向けて気持ちはひとつ」と選手を献身的にサポート。道勢21年ぶりの10番台となる19位と健闘したチームを支え、高校最後の大会を終えた。
 同校の初出場だった前々回は、1年生で4区を走った。「沿道からいただく応援は鳥肌が立つほどうれしかった。多くの支えがあって、走れることは当たり前じゃなく有り難いことと実感した」という。3年連続でつかんだ都大路へのきっぷも「感謝をパワーに代えて」の思いが原動力と振り返る。
 卒業後は競技から退き、大学で保育を学ぶ。「保育士になるのが夢。走る楽しさや陸上で学んだものを伝えられたら」と新たな目標へ走り出している。
(本願寺新報 1月10日号より転載)

行事
 

2014年12月21日「震災の街に育った思いを」〜龍谷大学で成人式〜

 師走の12月21日、宗門校の龍谷大学(赤松徹眞学長、京都市伏見区)で一足早い「第40回成人のつどい」が営まれた。二十歳を迎える学生300人が深草学舎の講堂・顕真館で人生の節目を祝った。式典では、尊前から分灯した灯火でキャンドルサービスが行われ、「成人として、真実に生き抜くものの自覚に立ち、建学の精神に基づいて確かな人生を築き上げ、社会に貢献することを誓います」と誓いのことばを唱和した。

 今年の新成人は、阪神・淡路大震災が起きた平成6年度生まれの若者たち。神戸市兵庫区の塔筋亮太さん(経営2年=写真)は震災当時8カ月。自宅は無事だったが近所の祖母宅が半壊。街は甚大な被害を受けた。倒れてきたタンスから母が身を挺して守ってくれたことや、両親が隣町までミルクを買いに行ってくれた話を幼い頃から聞かされ、「震災の街で育った」という思いを強く持つという。
 小学校で受けた「震災の教育」も深く心に刻まれている。教室にはいつも全国から届けられた励ましのメッセージが張られていた。高2の時に起きた東日本大震災。地域のボランティアに参加し、支援物資の仕分けを手伝った。「どこかで災害があった時、他人事と思えなくなった」という。
 神戸の復興と共に歩んできた20年。「震災の記憶はないけれど、震災の街に育った思いは僕たちにもある。次の世代に伝える使命を感じている」と成人を機に思いを語った。
(本願寺新報 1月10日号より転載)

 

2014年12月19日「札幌龍谷高生に〝いのちの授業〟」〜北海道教区〜

「ごめんね」「ありがとう」あふれる人生を

 「御同朋の社会をめざす運動」北海道教区委員会社会部会(亀井義昭部会長)は12月19日、宗門校・札幌龍谷学園高校の1年生337人を対象とした「いのちの授業」を札幌別院で行った。
 同部会が10カ年計画で取り組むご縁づくり活動の一環として、「まずは若者に」と今年度から始めたもの。青少年によるいのちに関するさまざまな事件が起きる中で、大切ないのちについて考えるきっかけになればと、同教区の僧侶有志による劇団・チームいちばん星(久保田夕子座長)の朗読劇を行った。
 いちばん星の朗読劇は、舞台スクリーンにスライド映像を流し、スポットライトの中で実話を基にした朗読と法話、歌を通して、み教えのエッセンスを伝えていくもので、仏教との縁のない人にも受け入れやすいと評判が高い。
 授業では、布袍姿の僧侶が「いのちって何ですか」「食事をいただくときに、いのちをいただいていると考える方はいますか」などと問題提起を行った上で、いちばん星が朗読劇「豊かに生きる」を上演した(写真)。
 まずは、〝見えないものを感じて生きる〟〝悲しみを乗り越えて生きている〟子どもたちの詩を朗読。その後、食肉センターに勤める坂本義喜さんの体験を基にした絵本『いのちをいただく』の朗読劇を上演した。
 『いのちをいただく』は、生活のために少女がかわいがってきた牛のみいちゃんを殺し、解体し、お肉をいただくという話を通して、食と命について問いかけていく内容。
 劇の最後には、いちばん星事務局長の豊田靖史さんが法話を行い、「私たちは、他のいのちをいただかなければ生きていけない。だからこそ、せめて食事をいただくときには『いただきます』『ごちそうさまでした』を。なぜならそれは、いただいたいのちに対する『ごめんね』と『ありがとう』という意味だから。そして、その『ごめんね』『ありがとう』が、私たちの日常生活のあらゆる場面にあふれる人生こそが、本当の意味で豊かに生きることにつながっている。それを教えてくれるのが仏教」と語りかけた。
 心に訴えかける迫真の朗読に、涙を拭う生徒の姿も。授業を受けた福井茉莉奈さんは「いろんなおかげで食事をいただいていることを考えさせられた。最近は、昼食の時に『いただきます』とあまり言えてなかったが、ちゃんと言わなければ」、阿部大聖さんは「私のいのちは自分だけで成り立っているのではなく、両親や先祖のおかげであると思った。これまで、いのちについて深く考えることがなかったので、このような機会をいただき感謝します」と感想を語った。
 また、12月24日に同校で「いのちの授業」を踏まえた宗教の授業があり、同部会メンバーが見学。授業の最後には生徒と意見交換を行った。
 亀井部会長は「継続的に続けていきたい。若者とのご縁づくりのためには、僧侶が一方的に伝えるのではなく、対話を行い、若者たちの考えを生に聞くことが大切。将来的には僧侶と生徒たちとの議論を行ってみたい。そのためには若者の思いに応える僧侶の側の育成も必要で、じっくり取り組みたい」と思いを語った。
(本願寺新報 1月10日号より転載)

 

2014年12月6日「本格的に報恩講」〜ビハーラ本願寺〜

 特別養護老人ホーム「ビハーラ本願寺」(京都府城陽市)は1 2 月6日、報恩講を営み、入居者らが親鸞聖人のご遺徳を偲んだ。
 今回は初めて宗門校の龍谷大学大学院実践真宗学研究科の学生の協力で共催。大学院生と職員が雅楽の音色を奏で、正信偈をおつとめし、お念仏の声が響いた(写真)。同施設相談医・友久久雄さんが法話。お斎が全入居者に準備された。中根超信施設長は「聖人のご生涯を通して、生かされている喜びを共に考える法要になった。来年も入居者のご家族などに案内してにぎにぎしくしたい」と、施設や宗派の垣根を越えた報恩講への願いを話した。また、入居者らは本山の御正忌報恩講に初めて団体参拝する予定。
(本願寺新報 1月10日号より転載)

 

2014年12月1日「中学生とジョイント」〜龍谷大〜

 大阪府北部に在住の龍谷大学卒業生でつくる龍谷大学校友会・北大阪支部(堤清貢支部長)は先頃、支部設立5周年を記念して地元中学校の吹奏楽部と龍谷大吹奏楽部とのジョイントコンサートを茨木市民会館で開いた。地域への貢献と龍谷大のPRで企画。1000人を超える観客が詰めかけた。
 高槻市と茨木市の4中学の吹奏楽部が出演し若さあふれる演奏を披露。この後、全国屈指の実力を誇る龍谷大吹奏楽部が演奏し観客を魅了した(写真)。堤支部長は「茨木市には来年他大学のキャンパスが開設されるが、今回のコンサートで龍谷大の素晴らしさを広くアピールできた。地元地域との交流を深め、卒業生同士の連携を広げ、母校の素晴らしさを伝えていきたい」と力強く語った。
(本願寺新報 12月1日号より転載)

 

2014年12月1日「井上 由樹子」〜武蔵野大学4年〜

日本山岳会の学生女子隊として初の未踏峰登山に挑戦。隊長を務め、ヒマラヤ・マンセイル峰登頂に成功した。

 「下山途中に沢で髪を洗って、そのままキャンプに行ったのが初デート」「重いザックを担いで前かがみに歩く姿はホラー映画のゾンビみたい」「山岳部は『きつい・くさい・きたない』の3K部」・・・。
 次々と飛び出す自虐的な話題でコロコロ笑う。たわいない冗談だが、どこか山への深い親愛と温かな敬慕が漂う。
 今年9月、公益社団法人・日本山岳会の学生部として初の女子隊未踏峰登山に挑戦。学生4人と登山家1人、女性だけのチームでチベット・ネパール国境のヒマラヤ・マンセイル峰(6242㍍)の初登頂を果たした。
 昨年、同会の支援で未踏峰に挑んだ男子学生が山頂でガッツポーズする映像に、漠然とあったヒマラヤへの憧れを強くした。「6千㍍級の想像もつかない世界を体験したい」。同会に女子隊での挑戦を直訴、自ら全国の大学山岳部などからメンバーを募り、隊長としてヒマラヤの峰に立った。
 初めての山は中学の学校行事で登った槍ヶ岳。「つらくて苦しくて最悪の行事」だったが、しばらくして不思議とまた登りたい気持ちが湧き出した。「登山は誰と競うのでもなく、ルールや目標は自分次第。私が決めたつらさだから我慢できる、悪くないしんどさだなって」。
 宗門校の武蔵野大で山岳部に入り、ハイキングやロッククライミングなどさまざまな山の姿に触れ、山登りの豊かな魅力にあらためて出会った。
 「スポーツやレジャーだけでなく、人生や哲学、時には宗教。登山者それぞれが持つ山の意味がある。私にとっては何なのか。一歩ずつ踏み進めながら山と自分に向き合っていきたい」。25歳。
(本願寺新報 12月1日号より転載)

このページトップに戻る