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スポーツ
 

2013年8月1「伝説的な優勝」〜東九州龍谷高〜

 福岡で行われた全国高校総体(インターハイ)女子バレーボールで、宗門関係の大分・東九州龍谷高が熊本信愛女学院高との決勝戦を3─1の逆転で制し、2年ぶり6度目の優勝を手にした(写真)。
 予選のグループ戦で香川・高松商業に敗れ、まさかの黒星スタートだったが、敗者復活戦から勝ちあがっての伝説的な優勝。東九州龍谷の身上は速さとコンビネーション。セッターの比金みなみさんが相手校に的を絞らせないトス回しで相手を翻弄していった。
 相原昇監督は「1回負けたので開き直って自分たちのプレーができた。またチャンスが巡ってきたという喜びの方が大きかった。おごることなく国体、春高バレーに挑戦したい」と話した。
(本願寺新報 9月1日号より転載)

行事
 

2013年8月24「《せきしょう》に演奏会」

 龍谷大学瀬田学舎(大津市)で8月24日、恒例となった夕照コンサートが開かれた。同大学吹奏楽部の音色が夕暮れに響き渡った。
(本願寺新報 9月10日号より転載)

 

2013年8月20「フラに復興へのメッセージ」〜筑紫女学園高〜

 フラのふるさとから笑顔と元気を届けようと、福島県いわき市で開かれる「第3回フラガールズ甲子園」(8月25日、いわき芸術文化交流館アリオス)に宗門関係・筑紫女学園高校(中嶋利昭校長、福岡市中央区)の生徒8人が出場する。多くが初心者だが「私たちの愛とエネルギー、笑顔を東北へ」と連日、練習に励んでいる(写真)。
 いわき市にとって「フラガール」はシンボル。第1回大会は直前に起きた東日本大震災で一度中止となったが、高校生や関係者の熱意で半年後に東京で開かれた。震災や原発事故とその風評に苦しむ地元の復興を後押ししようと、いわき青年会議所やスパリゾートハワイアンズが協力。3回目の今回は昨年より8校多い23校が出場する。
 同校は生徒44人が宮城県南三陸町を訪れた昨年秋のボランティア研修旅行や、文化祭での福島物産品販売、街頭募金などの被災地支援活動を行っており、福島にゆかりのある保護者が中嶋校長にフラガールズの話を持ちかけた。
 「高校生の元気な姿が被災地の力になるなら」と中嶋校長は今年4月の始業式で全校生に参加を呼びかけ、3年生2人、2年生3人、1年生3人によるチーム「ミノアカCJガールズ」(筑女生の微笑み)が結成された。
 フラ講師の金子貴恵子さんを迎え5月末から練習を始めたが、相次ぐ取材に戸惑い、辞めたいという子も出てきたという。そんな生徒に中嶋校長は「若者の一生懸命な姿に復興へのメッセージが込められているから、多くの人に感動を与えることができるんだよ」と語りかけた。この言葉をきっかけに、恥ずかしそうにしていた生徒に笑顔が戻ってきた。全員がそろう時間は限られているが、毎日はじける笑顔で練習を重ねている。
 代表の高橋奏世子さん(3年)は「踊りは初めてだけど、笑顔を届けることなら私にもできる。私たちのフラで少しでも多くの人に元気になってもらいたい」、昨年のボランティア研修に参加した森美月さん(2年)は「『被災地に来てくれるだけでうれしい』という言葉が忘れられなくて立候補した。被災地の今を感じて、自分の経験をみんなに伝えたい」と思いを語る。
 生徒たちは本番前日に、現地の仮設住宅と高齢者施設でも踊る予定。大会の模様は後日、動画配信される。「フラガールズ甲子園」で検索。
(本願寺新報 8月20日号より転載)

 

2013年8月20「金子 貴恵子」〜筑紫女学園高のフラガールズを指導〜

 「大観衆の前でステージに立つ経験は、彼女たちの人生の素晴らしい財産になる。納得いく踊りができるよう今は燃え尽きるまで取り組ませてあげたい」。地元・福岡で活躍するプロのフラダンサー。週2回程度、同校へ指導に訪れ、明るいかけ声と優しい気配りで初心者中心のチームに笑顔と自信を植え付けている。
 昨年も「フラガールズ甲子園」に出場する県内の高校生を指導した。「今年はお断りしようと思っていたが、『被災地支援のために踊らせてやりたい』という中嶋利昭校長の熱意に負けた。私も『被災地に笑顔を』とフラ仲間と訪れたことがあるので」と明かす。「手話のように歌詞を表現するフラは、踊り手の内面が見る人に伝わる」。生徒たちには、福島でさまざまなことを感じて多くの人に笑顔を届けてほしいと願っている。55歳。
(本願寺新報 8月20日号より転載)

 

2013年8月6〜8「被災地を見つめた高校生たちの夏②」〜千代田女学園高校〜

「一人一人が語り部になってください」

 8月6日から3日間、3年生4人と2年生1人が仙台市を訪れた宗門関係の千代田女学園高校(大澤紘一校長、東京都千代田区)。全員が初めての被災地という生徒たちは「大震災から2年以上経って、現地の様子を語る報道が減ってきたように思う」「今、被災地を見ておかなければいけないと思った」とボランティアの動機を語った。
 首都圏に住む彼女たちも震災を経験した。震災当日は交通網が寸断され、生徒・教職員100人以上が学校で一夜を明かし、当時、同学園中学3年だった現在の高校3年生は目前に控えていた卒業式の延期を余儀なくされた。千葉県浦安市の塚田せりなさんは、今も自宅が液状化の影響を受けていると明かした。「震災は人ごとではない」という思いが生徒から伝わってきた。
 東北教区災害ボランティアセンター(仙台別院)を拠点に、初日・2日目は沿岸部で農地の復興作業と流入物の中から見つかった写真などの整理作業を手伝い、3日目は地元の「語り部タクシー」で被災地域を回った。沿岸部での活動中、生徒たちの近くでは万一の津波に備えて常に携帯ラジオが鳴っていた。「語り部タクシー」のドライバー・日下高典さんは自らの震災体験や復興への願いを語りながら、「どうか皆さん、携帯ラジオを持ち歩いてください」と何度も訴えていた。優しい笑顔の中に切実な思いが込められていた。そして別れ際、「ラジオ一つで助かることもある。東京に帰られたら、ぜひ一人一人が語り部になって、ここで見たこと感じたことを伝えてください。そして大切な人の命を救ってください」と伝えた。目に涙を浮かべた生徒たちは大きくうなずき、被災地を後にした。
 実践宗教教育合宿として初の東北ボランティアを実施した同校。生徒たちの合宿の栞には、創立者で明治の三陸大津波や濃尾地震で救済活動にあたった僧侶・島地黙雷の言葉を引用し、「『自ら為して怨みず、自ら為して楽しみ』の精神を受け継ぐ」と書かれていた。「難しい言葉だけど、ここに来て少し意味がわかった気がする」と話した生徒の笑顔が印象に残った。
(本願寺新報 9月10日号より転載)

 

2013年8月3〜5「龍谷総合学園の教職員らが研修」

 宗門関係の27学園で組織する龍谷総合学園(理事長=赤松徹眞龍谷大学長)は8月3日から3日間、教職員対象の第46回宗教教育研究会、高校2年生対象の第61回宗教教育研修会を、本願寺を主会場に同時開催。参加した教職員58人と生徒92人は御影堂での合同開会式に続き、それぞれの会場に分かれ学校間の交流と学びを深めた。
 研究会は、小学校から高校までの新任教員や宗教科担当教員などが対象で、広島市中区・崇徳学園と福岡市中央区・筑紫女学園が授業の一環として取り組んできた活動事例を紹介した。崇徳学園は同高校生が交通事故死したことを機に命の重みや尊さを考え、飲酒運転撲滅を訴えようと文化祭で取り組んだ「いのちのメッセージ展」と平和学習、筑紫女学園は同高校が昨年実施した東北支援のボランティア研修旅行で、悲しみに寄り添おうと「自分たちに何ができるか」と自問自答し葛藤した生徒の姿についてそれぞれ報告した。
 一方、研修会は生徒同士の交流を通して宗門関係学校生としての自覚を培ってもらうおうというもの。基調講演や班別会議、ご旧跡めぐりなどを通して、自分にとって宗教とは何かを考えた。
 期間中、同研究会で長年にわたり助言講師を務める西本卓爾氏(88)と立川昭乘氏(85)に、その功績を讃え表彰状が贈られた。西本氏は札幌龍谷学園高校や平安中学・高校の校長、立川氏は高岡龍谷高校校長などを歴任した。
(本願寺新報 9月1日号より転載)

 

2013年8月3〜5「アラン・クボタ」〜ハワイ・PBAで講師を務める〜

 ハワイ開教区立の高校「パシフィックブディストアカデミー(=PBA)」で講師を務める。
 8月3日から3日間、本山で行われた龍谷総合学園主催の宗教教育研修会に生徒3人を引率。初めての本願寺に「鳥肌が立つほどの身震いを覚えた。大げさに言っているのではなく、すべてに感動した」。
 一緒に研修を受け、日本の生徒たちの話し合いの輪に入った。「浄土真宗の教えを学ぶ生徒が日本各地から集まり話し合えることは素晴らしいこと。この貴重な体験をハワイで報告したい」。
 ハワイ島出身のプロカメラマン。「いろんな角度から撮影することでいろんな写真が生まれるように、さまざまな見方を持つことが、生きる力になると生徒には伝えている。生徒が積極的に社会に出て、学んでいくことをサポートしていきたい」。
 ハワイ別院理事。58歳。
(本願寺新報 9月1日号より転載)

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