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2010年10月12月

行事
  2012年10月28日「お坊さんファッションショー」

龍谷大大学院実践真宗学の学生が「同世代に仏教を」と開催

 鮮やかな色の法衣や袈裟を披露する「お坊さんファッションショー」が10月28日、宗門関係の龍谷大学大宮学舎(京都市下京区)で開かれ、学生や一般市民ら200人が来場した。
 午後6時。ライトアップされた大宮学舎本館を背にモデル役の学生僧侶12人が、カラー布袍や色衣、七条袈裟などを身に着けて登場。スポットライトを浴びながら石畳のランウエーを歩き、思い思いのポーズで観衆にアピール、来場者から注目を集めていた(写真)。途中からあいにくの雨となったため、本館講堂に舞台を移して続けられた。学生は、法衣の解説を行う中で、仏前結婚式、初参式などを寺院で行っていることを紹介した。
 このショーは、若い同世代に仏教、浄土真宗を身近に感じてほしいと、同大学大学院実践真宗学研究科の学生有志が企画。イベント「ののさま〜知って、触れて、学ぶ」の一部。このほか、法話会をはじめ、イベントブースが設けられ、念珠作りやお茶席体験、東日本大震災のボランティア活動の写真パネル展などが行われた。
 来場した京都市西京区の竹内仁美さん(26)は「お坊さんは黒い衣だけだと思っていたので、ピンクやかわいい色の法衣があってイメージが変わった。とても新鮮だった」、同大卒業生の三好沙織さん(25)は「社会学部だったので授業以外で仏教に触れる機会が少なかった。同世代の人たちがショーをしていたので、仏教に親しみが持てた」と話していた。
 企画した実践真宗学研究科の山本成美さん(24)は「雨にもかかわらず、多くの同世代が来てくださりうれしい。これからも同世代が浄土真宗に出遇えるようなイベントを続けていきたい」と話していた。
(本願寺新報 11月10日号より転載)

  2012年10月28日「仏教や浄土真宗を身近に感じて」龍谷大学

龍谷大学院生がファッションショー

 「20〜30代の同世代に仏教や浄土真宗を身近に感じてほしい」と、宗門関係の龍谷大学大学院実践真宗学研究科の大学院生が法衣のファッションショーなどを行うイベント「ののさま—知って、触れて、学ぶ」を10月28日、同大学大宮学舎(京都市下京区七条通大宮東入ル)で開く。参加費は無料。
 寺院出身の大学院生6人が企画。他学部にも呼びかけスタッフを募集したところ、50人が集まったという。浄土真宗の大学に学びながら、ほとんどの学生が仏教に触れる機会が少ないことから、若者にも関心のあるファッションから仏教や浄土真宗に関心を持ってもらおうとプログラムを組み立てた。
   同日は午後4時30分から同学舎本館講堂で「お坊さんのお話」と題して、大学院の清岡隆文元教授と、卒業生で布教使の内藤良誠さんが法話。
 午後6時からの「お坊さんファッションショー」では、ライトアップされた本館講堂をバックに、男女合わせて12人の学生僧侶がモデルとなり法衣ファッションショーを行い、司会者が法衣の解説や仏教の教えなどを紹介するトークで盛り上げる。
 午後7時からは、本館講堂前にご本尊を安置し、宗祖讃仰作法(音楽法要)で法要。学生らによる雅楽の生演奏が奏でられる中、華葩(色紙で作られた花びら)を散らしながら、学生僧侶が練り歩く。
 また、午後2時から同学舎南黌の教室で念珠作りが体験でき、清和館で茶道部による抹茶接待も行われる。
 スタッフの山本成美さんは「同世代の人にリラックスした中で仏教や浄土真宗に触れてもらいたい。心にしみ込むようなイベントにしたい」と話している。
(本願寺新報 10月20日号より転載)

  2012年10月20日「松隈 幸穂」筑紫女学園高校生徒

 東北でのボランティア研修に参加した宗門関係・筑紫女学園高校3年。「テレビで見た震災に大きな衝撃を受けたのに、時間が経ってその気持ちを忘れかけている自分がいた。学校が提供してくれた貴重な機会を逃したくなかった」。
 「がれきの中から生活の跡が出てくるたびに、失われた日常の風景を想像して手が止まった。怖かったけど目に焼き付けなければと思った。この経験を多くの人に伝え、東北や海外の災害にも目を向けてもらえるように努めるのが、被災地を訪れた私たちの役目」と、受け止めたものの重さをかみしめる。
 将来の夢のためにも参加した。「看護師が目標。大災害があった時、看護師として心のケアなど困っている人の役に立ちたい。だから今の気持ちは絶対に忘れません」と語った。
(本願寺新報 10月20日号より転載)

  2012年10月11日「予約の取れない料理教室」

 宗門関係の京都女子大学(京都市東山区、川本重雄学長)の研究施設として開設され、管理栄養士の実践教育や、健康・栄養の学術研究を社会に還元しようと運営されている「栄養クリニック」。
 市民を対象に開く料理教室(毎月2~4回)は「料理するのが楽しくなる」など、予約が取れないほどの人気があり、特に主婦層に好評を博している。
 10月11日には「電子レンジで作る簡単和食」をテーマに同大の木戸詔子名誉教授が講師を務め、12人が受講した(写真)。午前10時から約3時間、4班に分かれ、管理栄養士を目指す学生ボランティア2人と一緒に、サバの味噌焼き、小芋のごましお、きのことパプリカの酢漬け、蒸し茄子のごましょうゆ和え、大根のお吸い物をすべて電子レンジで作った。
 丁寧な解説も行われるので受講者は「毎回参加している。お料理することも楽しいが、『しょうがの保存方法は?』『青背の魚はなんで体にいいの?』など台所の疑問に、先生がわかりやすい答えをくれる」と喜ぶ。木戸名誉教授も「正しい知識と正しい栄養情報を楽しく提供できるところが喜ばれているのでは」と話す。 
 大阪府高槻市から参加した岡田修さん(63)は「家では料理をしないので、退職後のセカンドライフを楽しもうと参加している。先生、学生さんなどスタッフの方に質問しやすいので何度も参加している」と笑う。


参加希望者は事前に電話申し込みが必要。

同クリニック☎075(531)2136。
同クリニックでは、栄養相談や子育て中の方や高齢者向けの栄養教室、ダイエット教室なども行っている。

(本願寺新報 11月10日号より転載)
  2012年10月10日「山田 紗央里」九州北部豪雨のボランティアに参加

 記録的な大雨で甚大な被害をもたらした7月の「九州北部豪雨」の後、災害ボランティアに参加した宗門関係の筑紫女学園大学(福岡)の学生。
 訪れたのは福岡県八女市黒木町。裏山が崩れた家屋を目の当たりにし、「テレビで人ごとのように見ていたが…」と言葉を失った。1カ月以上経過していたが、家の中に流れ込んだ岩や土砂が1㍍以上堆積している所もあり、全くの手つかずのままだった。
 「ボランティアを依頼した女性から当時のことや不安な心境を聞いた。被災調査の後は訪れる人はなく『来ていただいて本当に助かる』と語っておられた」と話す。「ライフラインは復旧しもう回復したと思っている人が多いが、泥に埋まった農地も、住めない家屋も多く残されたままという現実を知ってほしい」と被災者に代わり窮状を訴えた。20歳。
(本願寺新報 10月10日号より転載)

  2012年10月10日「福田 真之」龍谷大学政策学部1年

大震災被災地に自転車で
龍大生、激励メッセージ届ける

  激励メッセージを集めながら大震災被災地にと、宗門関係の龍谷大学政策学部1年の福田真之さん(20)が京都市から仙台市まで自転車で走った。
 「被災地のために何かしたい」と夏休みを利用しボランティアを思い立った福田さん。ボランティアに向かう途中に出会った人のメッセージを集めて届けようと、8月20日に友人で関西大学1年の松場典幸さん(20)と出発。野宿やインターネットカフェを利用して国道1号、4号線を自転車で北上、大学ノートにメッセージを集めながら8日間かけて仙台市に到着した。
 ノートには「一緒にがんばっていきましょう」「遠くからですが応援しています」「一人はみんなのために、みんなは一人のために」など同大の学生はじめ友人、家族、親戚、道中で寄せられたメッセージ260件がぎっしり。2人は宮城県石巻市でボランティアに参加した後、仙台市役所にメッセージを届けた。
 福田さんは「何もできないのはわかっていたけど、少しでも温かいメッセージを届けたくて電車や飛行機ではなく自転車で向かった。コンビニで見知らぬ人から『体に気を付けてがんばって』と励まされたこともあった。1年以上経っているのに大変な状況の被災地を見て、また冬休みにボランティアに行きたい」と話していた。
(本願寺新報 10月10日号より転載)

  2012年10月2日「筑女大が支援活動報告会」被災地の現状、活動の感想など発表

 宗門関係の筑紫女学園大学(若原道昭学長、福岡県太宰府市)は10月2日、夏に実施した東日本大震災の支援活動報告会を開いた。ボランティアに参加した学生らが被災地の現状や活動で感じたことを発表し、今後の取り組みについて考えた(写真)。
 同大学は8月17日から30日まで、学生20人を岩手県花巻市の「とうわボランティアの家」に派遣。大槌町や釜石市、大船渡市、陸前高田市で仮設住宅でのお茶会や、独居高齢者らに手作り弁当を届ける「気がかり訪問」、炊き出し、がれきの仕分け、被災書籍の清掃などを行った。
 報告会では、短期大学部の山田香織さんが「行く前は“被災地の方を元気にする”と力が入っていたが、逆に元気をもらった。寄り添うことの大切さを学んだ」と話した。
 また、人間科学部の益田佳奈さんは「びっしりと並んだ家並みが一瞬にして消えた。震災前の写真と比べて見ると言葉が出ない」、人間科学部の中垣めい子さんは「がれきの中にはネックレスやスプーンなどがあり、がれきと呼んで良いのか複雑な気持ちになった」などと報告した。
 同大学はボランティア研修として被災地の支援活動を行っており、現在70人の学生がボランティアに登録している。来年2月から3月にかけ39人が被災地を訪問することになっている。
(本願寺新報 10月20日号より転載)

  2012年10月2日「鎌を使って稲刈り」京都女子大附属小が体験学習

 宗門関係の京都女子大学附属小学校(吉永幸司校長、京都市東山区)の1、2年生164人は10月2日、同市西京区にある実習田と実習菜園で稲刈りとイモ掘りの体験学習を行った。
 同校が19年前から「生活科」や「特別学習活動」などの授業の一環として行っているもので、今年6月の田植えに始まり、生育観察を行ってきた児童手作りの稲を、イメージトレーニングで練習した鎌を使いこなして収穫した(写真)。
 地元農家の西田誠さんは児童が植えた苗を育てる役目を担っているが「今年はイノシシ被害が多かった」と言うように周辺は被害を受けた田畑ばかり。「子どもたちが楽しみにしているので、一生懸命に被害を防いだ」と話した。
 2年生のにしむらふみかさんは「去年も体験したけど、刈る方が楽しくて好き」と話していた。刈り取った稲は一部を学校に持ち帰り、乾燥させた後、割り箸や千歯こきを使って脱穀。2月に行われる全学年での餅つき大会で試食する。
 また実習菜園にはさまざまな大きさ、形のサツマイモが育っていて、中には顔ほどの大きさのものも。数人がかりで掘る姿も見られ、土にまみれながら大いににぎわっていた。1年生のさわだともかさんは「稲刈りも、イモ掘りも楽しかった!」と喜んでいた。
(本願寺新報 10月20日号より転載)

  2012年10月1〜3日「私たちに何ができるか」筑紫女学園高校生が被災地で学ぶ

 宗門関係の筑紫女学園高校(中嶋利昭校長、福岡市中央区)は10月1日から3日間、東北支援の「ボランティア研修旅行」を初めて実施。被災地を訪れた生徒44人は地元の人が語る被災当時の様子や復興の決意に耳を傾けたほか、津波に遭った民家のがれき処理や地元幼稚園の訪問などを行った。「私たちに何ができるか」と自問自答しながら被災地を訪れた女子高校生たち。現地での出会いと学び、ボランティアを通じて彼女たちが向き合ったものを見つめた。

 宮城県南三陸町。ポツリポツリと建物の基礎だけが残された海沿いの集落の片隅に、花が咲いたように響く女子高校生の声。津波で流された幼稚園の仮園舎は、「お姉さん先生」に無邪気な笑顔を向ける子どもたちの歓声で包まれた。
 11人の生徒が訪れた「あさひ幼稚園」は、同町中心地の志津川地区にあった園舎が津波で全壊。現在は高台に場所を移し、日本ユニセフ協会が建設・寄贈した仮園舎を使用している。
 幼稚園を訪れる前、「つらい経験をした子どもたちにどう接していいかわからない」と緊張した面持ちの生徒たちだったが、その不安を吹き飛ばすように元気いっぱいの子どもたちが彼女たちに駆け寄っていく。優しく声を掛けながら絵本の読み聞かせや手遊びなどで打ち解ける高校生と園児の間には、たちまち笑顔が広がっていった。
 甲能おりゑさん(3年)は「南三陸町の様子にボランティアをする前から無力感を味わっていたが、子どもたちが笑顔を見せてくれ、少しでも役に立ててうれしかった」、寺岡紅さん(同)は「園児から高校生の兄姉が津波に流されたと聞いて胸がつぶれそうになったが、少しでも楽しい時間をと心掛けた。今の私にできることは少ないが、単純なことにも意味があると感じた」と振り返った。
 同幼稚園の遠藤ゆみ子教諭は「心の欠けた部分は自分の力だけでは補えない。子どもたちに楽しいひとときを与えてくれた生徒さんに心から感謝したい」と話しながら、生徒と園児の笑顔を温かく見守っていた。

 がれきの処理を希望した33人は、海沿いの一帯が壊滅的な被害を受けた細浦地区で住宅2軒分の清掃を担当。地元ボランティアセンターの黄色いベストを着て、基礎だけが残った家の跡で身をかがめながら、がれきを慎重に掘り起こす。  瓦や木切れ、崩れたコンクリート片などに交じって、コップや茶碗、玩具など生活用品が無数に顔を出す。黙々と作業していた生徒たちはそれらを拾い上げては、言葉にならない声を漏らしていた。
 佐々木ちひろさん(2年)は「人数をかければ簡単にきれいになると思ったのに、全然終わらなかった。がれきの受け入れが問題になっているが、ボランティアや地元の人の苦労があって処理されたものと実感し、日本中で分かち合わなければいけない問題と再認識した」と話していた。
 地元住民の千葉茂善さんは「明かり一つなく声も聞こえなくなったこの集落。人が来てくれるだけで力になる。若い人の声で村に活気が戻ったようだった」と話し、作業を終えた生徒に手を振り見送っていた。

 「多くの人がいまなお苦しんでいる被災地を、学びの一環として高校生が訪れていいのか葛藤もあった」と話すのは県立高校を定年退職し今春、同校に赴任した中嶋校長。
 前任校で生徒を引率して被災地を訪れた経験がある中嶋校長は、震災直後から街頭募金に立つなど被災地に心を寄せてきた生徒らが、「さらに一歩前に踏み出した活動を」と切望していることを知り、研修旅行を提案した。飛行機の座席に限りがあるため定員を40人程度としたが、その3倍を超える1年から3年までの140人余りから応募があった。「生徒の意識の高さを感じた」という。
 「生徒には、学力や成績という学校の尺度では計れないものを大事にしてほしい。被災地でむなしさを味わうかも知れないが、関わることによって初めて得られるものもある。ボランティアに『自分が加わること』の意味を学んでほしい。その若者の心の成長が被災地の復興につながれば」と研修への思いを語った。
 「高校生の私に何ができるか」。2泊3日の研修を振り返り、明確な答えを得た生徒は少なかったかも知れない。しかし、多感な少女たちは3日間の研修で、初めて被災地の現実を目の当たりにし、仲間と多くを語り合い、意見を発表し、優しく熱い涙を流した。そして、「被災地に来てくれてありがとう」「復興した町をまた見に来て」という声に出会い、触れ合った人の笑顔を受け取った。
 初日の宿を提供し、生徒たちに震災からの日々を語った南三陸町「ホテル観洋」の女将・阿部憲子さんは「千年に一度の大災害は、千年に一度の学びの機会。被災地のためにボランティアとして何かしなければと気負いすぎず、被災地から学んだことをそれぞれの人生に役立ててほしい」と彼女たちに訴えた。
 研修を終え、「言葉で伝えることは簡単じゃない。でも私にできる精いっぱいで、この経験を家族や友人に伝えたい」と口々に語る生徒たちの顔は、凜々しく、少し大人びて見えた。
(本願寺新報 10月20日号より転載)

  2012年10月1日「同級生の思いを」

交通事故で亡くなった同級生の「死」通して
広島・崇徳学園文化祭で生命のメッセージ展


宗門関係の崇徳高校に通い、自転車部に所属していた三浦伊織さん(当時2年生)が、自転車で帰宅中に飲酒運転の車にはねられ昨年5月に亡くなった。
 このことを忘れず、命の重みや尊さを考え、飲酒運転の撲滅を訴えようと崇徳学園(高橋乗宣理事長、広島市西区)は11月3日、文化祭「崇徳祭」で「生命のメッセージ展」を開く。
 メッセージ展は、NPO法人「いのちのミュージアム」による展覧会で、交通事故や犯罪、いじめによる自殺など、理不尽な理由で亡くなった故人や遺族の思いを伝えるため全国を巡回し100回以上開かれている。故人の等身大パネル「メッセンジャー」と「生きた証」を象徴する靴を展示して命の重さを伝えている。
 この「生命のメッセージ展」の存在を知った伊織さんの母・由美子さんが同学園に呼びかけ実現。同学園では、中学1年から高校3年までの生徒55人と教員、保護者で「生命のメッセージ展in崇徳学園実行委員会」を組織し、伊織さんの18回目の誕生日となる8月21日に由美子さんとメッセンジャーを作った。白い発泡スチロール板を伊織さんの等身大サイズの170㌢に切り抜き、顔写真と事故の状況、由美子さんの「伊織の笑顔も、大好きな自転車に乗り続けるはずだった未来も戻ってこない」というメッセージをはり付け、事故時に履いていた競技用の靴を添えて完成させた。


 伊織さんの同級生だった松本直輝実行委員長は「今でもクラスの仲間だと思っている。残された自分たちで飲酒運転が無くなるよう多くの人に伝えていきたい」と意気込む。
 9月12日には、メッセージ展で飾る赤やピンクのハート型メッセージカードに、「もう二度と悪質な飲酒運転をしてほしくない!」「自分たちが大人になってこのようなことのないようにしたい」など全生徒・教職員1500人が思いを書き込んだ。
 もう一人の実行委員長である岡野耕兵さんは「大切な人を亡くし苦しむ人に見てもらい、少しでも前に向かってもらいたい」、田窪紘之副委員長は「いつも笑顔でクラスのムードメーカーだった伊織の思いを精いっぱい伝えていきたい」と語る。由美子さんは「生徒さんや学校の熱意に感謝しています。この機会に自分のこととして考えて命の大切さを学んでほしい」と話していた。
 崇徳祭は11月3日午前9時から午後3時まで一般公開される。メッセージ展は2階講堂。150体のメッセンジャーと全校生徒のメッセージカードが展示される。
 PR活動のために、中国新聞社や広島県庁などでプレ開催。10月19、21日には広島県運転免許センター(佐伯区石内南3丁目)でも展示される。
(本願寺新報 10月1日号より転載)

  2012年10月1日南條 了瑛龍谷大学大学院実践真宗学研究科 大学院生

「お寺に人が集まらない時代。み教えを聞いていただくために多くの人に足を運んでもらうための方法論を極めたい」
 宗門関係の龍谷大学大学院実践真宗学研究科で「開かれた寺院」をテーマに体験的に学ぶ。
 大学院入学後、医療福祉や児童福祉の充実、育児支援などを目的に幅広い活動を行うNPO法人Ubdobe(岡勇樹代表、東京都)に所属。京都支部長として本山・聞法会館でがん啓発ライブや、カフェで医療福祉を志す若者のための交流会を開くなど、社会実践の場に身を置きながらお寺に人が集うためのノウハウを学んでいる。
 「宗教と直接関わりのないウブドベの活動に僧侶としてどう関わるかが自分の課題だった。反宗教の風潮さえある一般社会では、正面からお経や宗教的な言葉を並べると相手は身構えてしまう。み教えに照らされた生き方を行動で示すことが大切」と社会にアプローチする現代の僧侶像を語る。
 米国仏教大学院大学(=IBS、カリフォルニア州)への留学や、各地の寺院での布教実習などを通して寺院や伝道の在り方を模索中。
 「お寺には本堂の荘厳をはじめ、空間が醸し出す雰囲気そのものに魅力がある。一般の人を対象にしたイベントや行事に宗教的要素を詰め込んで信仰や理解を押しつけるのではなく、お寺に足を運んだ人が宗教に触れたいと思った時に求めに応えられるよう努めたい。それが私にとっての『開かれたお寺』」と語る。
 「ダンスのインストラクターの資格を生かしてお寺でダンス教室を開きたい」と意気込む。熱意と探究心がお寺を開いていく。26歳。
(本願寺新報 10月1日号より転載)

  2012年10月1日「宗門関係学校作文」

「中学生の部」最優秀作品
平和の裏側
牛田 望未さん  京都女子中学3年

私は、戦争という言葉を知っている。今まで14年間生きてきて、教科書でも習ったし、また、何度も聞いた。でも、私は戦争を知らない。戦争の本当の恐ろしさも、戦争の生む悲しみも、平和な時代を生きてきた私にわかることはできない。しかし、わかろうとすることはできる。そう、私は確信している。
 戦争の本当の姿。それは人間の汚い欲望とくだらないプライドの塊なのだと私は思う。自分たちの得のために、という自己中心的な考えや、自分たちが正義である、という自我を主張する考え方から戦争は起こるのではないかと思う。私は、問いかけたい。その欲望を叶えることは人の命よりも大切か、と。
 今、私たちは戦争のない平和な時代を生きている。しかし、この平和に到るまでに多くの命の犠牲があったことを決して忘れてはならないと思う。現代を生きる私たちがするべきこと。それは、知ることです。戦争の経験者の話を聞き、話し合うだけでも過去にあった戦争は変わってくるのではないかと思う。被害や状況、悲しい出来事が変わることはない。しかし、人の心、特に戦争に対する姿勢は変わってくると思う。一人一人の意識の変化がそのまま未来を左右するのである。
 本当の戦争は教科書から学べるものではないと思う。もっともっと深く複雑な人間の心の叫びから学んで初めて本当に知ることができるのではないかと思う。
 今、当たり前のようにある平和。その裏には数えきれないほどの命の犠牲があったことを私は心に留めて生きていこうと思う。そして、本当の戦争を知ろうと思う。
 私たちは、今日という日を生きるため、過去という名の参考書を持っている。それを使うも、使わないも自分次第。しかし、参考書を未来へと生かしていけるのも私たちだけであるということを忘れてはならないと思う。


「高校生の部」最優秀作品
平和から見つめる世界倫理
小田 眞木子さん  武蔵野女子学院高校2年  

「戦争は何故無くならないのか」
 この問題はこれまでも問われ続け、現代を生きる我々もまた、しっかりと問い続けなければならない問題だと言えましょう。『ソフィーの世界』や『世界がもし百人の村だったら』などの翻訳で有名な池田香代子さんの言葉に、次のようなものがあります。
 「ひとりひとりが大切にされない状況の最たるものが戦争。人権を軽んじる心の中で、戦争は始まるのです」
 この言葉に、私はこれまでにないほどの深い衝撃を受けました。私はもちろんのこと戦争を体験したことも、その時代を生きていたわけでもありません。したがって戦争の本当の恐怖も絶望も語ることはできません。
 しかし、今、私の生きるこの日本は、かつて戦争をしていた時代があり、その痕跡は今でも残っているという事実。さらに、日本は唯一の被爆国であり、戦争を体験した人々は、私たち戦争を知らない世代に、当時の様子を知ってもらうための活動を根気強く続けているという事実を考えたとき、「戦争」とは、私たちに理解されるのではなく、顧みることを望んでいるのではないかと私は思うのです。
〝Think globally, act locally”という言葉があります。意味は「地球規模で考え、自分の足下から行動しよう」というものです。私はこの言葉を倫理の授業で知ったのですが、それを耳にした瞬間、自分の中にすとんと何かが落ちてくるような気がしました。この言葉はまさに今、私たちがしなければならないことを的確にあらわしているのではないかと思ったのです。
 人が大切にされず、人権が踏みにじられる。しかも、そのような非道が黙認されてしまう状況は、私たちと同じ世界、同じ時代を生きる人々の間に、現実問題として確かにあるのです。その人たちのために今何ができるのかを考える、深く考える。まずは、そのような小さなことから始めても、それは必ず意味がある。
 私の周りに広がる世界は、確かに平和そのものです。しかし、私たちが戦争の世代から受け継いだことは「自分の足下から行動しよう」という、まさにこのことではないでしょうか。「世界平和の実現」などと言うと途方もなく、とても考えの及ぶところではないようですが、考えなくては何事も始まりません。なにせ私たちがすべきは、「地球規模で考える」なのですから。
(本願寺新報 10月1日号より転載)

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