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スポーツ
  2012年3月11日「お姉ちゃん待ってたよ」

 宗門関係の龍谷大学女子柔道部(堀田幸宏監督)は3月11日から4日間、熊本県湯前町で春合宿を行い、部員ら23人が地元の子どもたちに指導するなどして地域貢献の一役を買った(写真)。
 合宿は同町・明導寺の藤岡教顕住職が同部のコーチをしていたのが機縁で始まり、今年で7年目。練習の合間に部員たちは保育園を訪問し、柔道を指導した後、園庭でリレーや綱引きなどを行い、交流を深めた。

行事
  2012年3月24・25日「ポンポンで全国優勝」〜武蔵野女子学院高校〜

 宗門関係の武蔵野女子学院高校バトン部ポンポン班「CHERISH」は3月24、25日、千葉・幕張メッセで開かれたチアダンスの全国大会「USAナショナルズ・イン・ジャパン2012」のソングリーディング・ポン部門(高校スモール編成)で優勝した(写真)。大舞台で緊張感に包まれながらも「列の乱れは心の乱れ」をチームの合言葉に一丸となって観衆を魅了、優勝を勝ち取った。
(本願寺新報 5月1日号より転載)

  2012年3月14日「本願寺の境内に学生たちの笑顔広がる」

  卒業シーズンには、多くの宗門関係の高校や大学の卒業生たちが本願寺に参拝する。境内は希望に満ちた若い生徒や学生で華やかになっている。
 写真は、京都女子大学(川本重雄学長、京都市東山区)の卒業生本願寺参拝の様子。卒業式前日の3月14日に850人が参拝した。阿弥陀堂での式を終えた学生たちは境内で記念撮影をしたり、近況報告を交えながら別れを惜しんでいた。また、「宗門校での学びをご縁に帰敬式を」と448人が受式。式章をかけ合掌するスーツ姿の学生1人1人に、ご門主がおかみそりをあてられた。

  2012年3月10日「岩手で支援活動した筑紫女学園大学生」中島 舞

 「誰かとつながることでわずかな楽しみや生きがいが見出せる。それが小さな希望の光になる。ボランティアに来て教わった気がする」
 被災地の支援活動に参加し、得難い学びを語る筑紫女学園大学4年。「東北に来るまでは自分に何ができるのか不安で、九州から物資や義援金を送る活動を頑張るほうがいいのかと思っていた。でも、被災された方と出会い、表情や声を通して互いのぬくもりを感じることが一番の支援になると感じた」。
 今夏、教員採用試験を受ける。「津波に遭った釜石市で、学校に避難した生徒がみんな助かった話を聞いた。学校での防災の学びが生かされたんだと思う。私も人生の大切なことをしっかり伝えられる先生になって、『とうわ』での学びを語り伝えたい」。
 福岡県大野城市在住。
(本願寺新報 3月10日号より転載)

  2012年3月10日「京女高卒業参拝で帰敬式を受けた」北原 志穂

 京都女子中学の入学参拝が初のお寺参り。その時は「何でお寺にお参りするのかわけがわからなかった」というが、6年間の学園生活を通し「これからも成人式など人生の何かの節目には本山にお参りしたい」とお寺に親しみを持つようになった。
 その心を育てたのは仏教の授業や宗教行事、学校の雰囲気だという。「クラスで団結する行事が多く、友達同士で支え合うことの大切さを学んだ。その中でも時にはお互い良きライバルとして切磋琢磨する楽しさもあった。この経験はこれからの支えになると思う」と笑顔。
 春からは京都女子大学発達教育学部に進み、小学校の先生を目指す。「子どもの心の問題を報じるニュースをよく見るが、『心の学園』京女で学んだことを伝えていきたい」と抱負を語った。
(本願寺新報 3月10日号より転載)

  2012年3月4日「龍谷大学吹奏楽部 南三陸町で支援演奏会」

 龍谷大学(赤松徹眞学長)の吹奏楽部(板敷慧代表)が3月4日、宮城県南三陸町で復興支援演奏会を開いた。社会貢献活動の一環として大学と同窓会組織の校友会などが費用を負担、同町との共催となった。
 会場の志津川中学校にはグラウンドに建てられた仮設住宅入居者、隣接する登米市や気仙沼市に避難する人なども駆け付け200人が来場した。
 「ふるさと」「浜辺の歌」など懐かしい唱歌のメドレーや歌謡曲のほか、ダンスや振り付けを交えたヒット曲などを次々と演奏。涙や笑顔の会場から惜しみない拍手が送られた。アンコールでは、最後まで防災無線で町民に避難を呼びかけた同町職員・遠藤未希さん(当時24歳)が所属していた日本舞踊グループのメンバーが飛び入り参加。学生と一緒になって踊りを披露し、会場が一体となって和やかなひとときを過ごした(写真)。学生と同中学の吹奏楽部員の交流も行われ、音楽を通した触れ合いの輪が広がった。会場からは「震災後、初めてのコンサート。心に響く音色に元気をもらった」(60代女性)など、喜びに満ちた感想が多く寄せられた。
 板敷代表は「自坊(茨城県)で被災した両親から音楽が不安を和らげる大きな力になったことを聞かされた。参加部員87人全員が初の被災地訪問で不安もあったが、少しでも元気になってもらいたいと思い、明るい演奏を心掛けた。『どれだけ南三陸が復興したか、また見に来て』と声をかけてもらい、僕たちが元気をもらった」。同行した鍋島直樹教授は「学生たちは被災地に元気を与えると同時に、無念や悲しみ、希望などさまざまな現地の思いを受け取ってくれたと思う。この体験、現場で見た真実を深く受け止め、広く伝えていってほしい」と話した。

  2012年3月1日「日本人の姿に胸打たれた」龍谷大学1年生 江 玉

 舞いながら、顔に手が触れたその瞬間、面が次々と変わっていく。中国四川省の伝統芸能「川劇」に伝わる「変面」。一子相伝の秘伝であり、彼女は弱冠20歳で「変面」の継承者として「中国非物質文化遺産」に認定された、いわば中国版・人間国宝。
 中国川劇団のスターとして海外公演も数多くこなし、北京オリンピックの開幕式にも花を添えるなど活躍していたが、それらを捨てて日本に留学。現在、宗門関係の龍谷大学国際文化学部で学ぶ。
 転機は平成20年に起きた地元の四川省大地震。ボランティアとしてすぐさま被災地に駆けつけたが、そこで見たのが日本の救助隊の懸命な姿。「何日も休まずに、ひたすら救助をしてくれた日本の人たちに胸打たれた。彼らが帰る時、『ありがとう』と言いたかったが、日本語がわからず、ただ頭を下げるだけだった。日本語を習いたいと思った」と振り返る。
 「日本語や文化、歴史を知っていくうちに、留学したくなった。日本語の先生(龍谷大元職員)からは龍谷大を勧められた」と話す。ただ、反日感情も強く周囲は猛反対。それを押し切って一昨年に来日。「自分のやりたいことにチャレンジする。今を生きているということを大地震から学んだ」と語る。日本語学校で学んだ後、昨年4月から龍谷大に通う。
 東日本大震災では、中国人留学生と被災地に駆けつけた。また、学業の合間には日中友好のために「変面」を披露している。「心に垣根を作らないようなコミュニケーションを大切にしたい。大学でたくさん学び、将来は日中友好のお手伝いをしたい」とほほ笑んだ。23歳。
(本願寺新報 3月1日号より転載)

  2012年3月1日「帰敬文を拝読」相愛高校3年生 安田貴恵

 宗門関係の相愛学園の帰敬式で帰敬文を拝読した。「『お念仏のみ教えを大切にし苦しみや悩みの多いこの人生を力強く生きぬきます』という帰敬文を拝読し、自分自身、これから頑張っていこうという気持ちになった」と笑顔。
 「東日本大震災を通して家族の支えの有り難さに気付いた。被災地の一日も早い復興のために何かしなければ」と、昨年10月の文化祭で東北物産展を担当。津波被害に遭った缶詰を「希望の缶詰」として販売し、収益を生産者に届けたという。
 中学から6年間通った相愛学園を今年で卒業。「毎日拝読する法語集『日々の糧』には元気をもらい、仏教の素晴らしさがわかった。本当の心の糧になりました」と振り返る。将来は「気象予報士かテレビ局で番組制作の仕事に就きたい」と夢を語った。
(本願寺新報 3月1日号より転載)

  2012年3月1日「卒業生集まって」〜京都女子大学〜

 宗門関係の京都女子大学は、在学生、卒業生、教職員、元教職員を対象としたSNS「ずっと京女、もっと京女。」を開設、多くの卒業生に活用してほしいと登録を呼びかけている(写真)。
 SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)とは、自分でプロフィルを登録した上で、共通の趣味などを持つほかの会員たちと情報交換や交友を広めることができるインターネット上の会員制の広場。100年の歴史がある同大学の卒業生は約10万人を数え、卒業後も、すべての京都女子大関係者がつながりあえる場所をと開設された。
 情報交換をはじめ、教員によるコラム、イベント情報の優先配信などもある。利用登録は大学が本人確認のうえ実名登録するため、信頼できるつながりを構築することができるという。詳細は同大学ホームページ、または同大学SNS事務局075(531)7030。
(本願寺新報 3月1日号より転載)

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