龍谷総合学園 学生達の声

・宗門校に学んで
 


 仏教や浄土真宗のみ教えに基づいた教育を行う宗門校(龍谷総合学園加盟学園)は現在、日本とハワイに25学園70校あります。幼稚園から大学まで約7万人が、授業や行事を通して自分と向き合い、さまざまな出会いや貴重な体験をしています。そこで、「宗門校に学んで」と題して5人の高校生に学校生活で学んだことを作文にしてもらいました。また、先生にも宗教に触れて感じたことを書いていただきました。

  今を後悔しないように生きる

広島・崇徳高校3年
武田 喜一

 私は、崇徳高校の宗教の授業で学んだ、親鸞聖人が得度の時に詠よまれたという「明日ありと 思う心のあだ桜 夜半に嵐の 吹かぬものかは」という歌に強く感銘を受けました。
 なぜなら、今まで何気なく毎日を過ごし、ただ、1日1日をこなしている日々でしたが、どれだけ今日という日が有り難いかに気付くことができたからです。そして、今という時間を後悔しないように、真剣に取り組むことができるようになりました。
 また、週1回ある仏参でお念仏を申させていただいたり、宗祖降誕会や報恩講など、宗門校でしか経験できない法要に参加したりすることによって、おかげさまの生活が少しずつできるようになったと思います。
 このようなことから、私にとって宗門校での生活や体験、経験は生涯忘れることのできない大きな財産となりました。これからも宗教(仏教)との関わりを大切にしていきたいと思います。


  宗教行事で良い経験

東京・武蔵野女子学院高校3年
田中 里実

 私は武蔵野女子学院に在籍して6年になりました。
 毎朝行うお朝拝、週に一度講堂に学年ごとで集まり行う講堂朝拝、そして毎週1時間設けられる宗教の授業。宗教と密接に関わることで、いつも穏やかな生活を送っています。週に一度の講堂朝拝は学年が1つの場所に集まることで一体感が生まれ、とてもよい時間を過ごすことができました。
 宗門校に通っているおかげで、他の学校ではない宗教行事に多く参加でき、とても印象に残っています。
 特に、高校1年生で参加する武蔵野女子学院、千代田女学園、国府台女子学院の3校合同の築地本願寺参拝が印象深いです。この行事は3校合同なので、初対面の生徒さんばかりでしたが、宗門校なので歌う宗歌も同じで学校とはまた違う一体感があり、とても楽しかったです。
 多くの宗教行事に参加できたのも宗門校に通っていたからこそであり、私にとってとても良い経験となりました。


  弟の分まで楽しく生きる

大分・東九州龍谷高校3年
阿部 笑美那

 私が3年間学校で学んだことは命の大切さです。
 毎月のみのりの会ではたくさんの住職の方の法話を聞きました。その中で特に印象に残っている言葉があります。「今、感謝すべきことは、今生きていられること」という言葉です。
 今、この世界で生きていなかったら出会えなかった人たちがたくさんいると思います。特に私は中学校の時に不登校となり、その時たくさんの人が支えてくれました。同級生はノートを見せてくれたり、私が教室に戻りやすい環境にしてくれたり。先生にも勉強を教えてもらいました。私はたくさんの人に迷惑や心配をかけてきました。
 私の弟は病気で6歳の頃、亡くなりました。時には弟じゃなくて私が死んだらよかったんじゃないかなと思うこともありました。それでも今、ここで楽しく生きていられるのは、たくさんの人たちのおかげだと思いました。今、ここに生きているからこそ好きになれた人もいます。
 学校での法話や弟の月命日など、仏教とふれ合うことがとても多かったと思います。たくさんの人たちとの出会いを忘れずに、弟の分まで、これから先もっと楽しく生きていこうと、この言葉を聞いた時に思いました。


  大学でも『日々の糧』大切にしたい

大阪・相愛高校3年
安井 愛望

 中学から6年間宗門校に通い、一番、印象に残っているのは、朝礼と終礼、そして、宗教の時間に読む、『日々の糧』です。
 私の通っている相愛高校には『日々の糧』という小さな本があります。それには、1日から31 日までの、朝と夕の言葉がぎっしりと詰まっています。
 この本は、私にとって、落ち込んでいる時の励み、気持ちが浮ついている時の忠告となりました。また、頑固な私の性格を崩してくれました。
 毎日読んでいると、人との関わりの中で大切にしなくてはいけない感謝と謝罪の大切さ、どれだけ悪いことがあっても1日1日があることが奇跡であり、今、生きていることがこの上もない幸福であると気付かせてくれました。また、自分自身を見つめるという大切な力をもくれました。
 一冊の小さな本なのですが、自分の考えを変えてくれた、この『日々の糧』が私は大好きです。春から大学生になりますが、これからも、『日々の糧』の言葉を大切に生活していきたいです。


  「縁」を体験した日々

福井・北陸高校3年
小山 あずみ

 私は中高6年間で数多くの法話を聞いてきました。
その中でよく耳にしてきたのは「縁」という言葉です。
人と人との出会いやつながりを大切にすることが、人が生きていく上で重要なことだと学びました。
 中学生の頃の私はこの言葉に特別な感情はありませんでした。しかし、高校生になって本山の宗祖降誕奉讃法要や宗教教育研修会、さらに龍谷アドバンストプロジェクトに参加させていただき、他校の先生方や生徒の皆さんと触れ合えたことで、「この行事に参加しなかったら、今まで出会った人との関わりだけだった」と感じ、「縁」という言葉の意味を体験することができました。
 私たちが見ず知らずの人と出会うのは偶然かも知れません。でも、その時、何かしらの関係を築くことができたなら、人と人とのつながりが広がります。そうした行動が他者との関わりを形成し、人生を豊かにしてくれていると思います。
 宗門校だから数多くの法話に触れられ、そして本願寺での行事に参加したことで「縁」は、切っても切り離せない存在となりました。宗門校以外では気付けなかった貴重な経験ができたことに感謝しています。


  生徒たちの姿に教わる

北海道・札幌龍谷学園高校(国語教諭)
山口 麻江

 私が勤務する札幌龍谷学園高校の朝は、登校した生徒たちの元気な挨拶や笑い声でとても賑にぎやかです。しかし、朝の礼拝の前奏が流れ出すと、それまでの騒がしさは一変し、校内は静寂に包まれます。
 合掌して気持ちを落ち着かせ、月々の法語に思いを寄せて自分自身と向き合う時間。
入学当初は少し戸惑いながら手を合わせていた生徒たちも、すぐにこの礼拝に馴染んでいきます。
 それは、授業や学校行事から浄土真宗の教えを学んでいく中で、こうして平穏に1日を過ごせること、友人たちと互いの存在を認め合って楽しく学校生活を送れることのありがたさを感じられるようになるからです。そのようなことから自然と思いやりの心や「和顔愛語」の精神が身についていきます。
 私は、そんな生徒たちから多くのことを教えられながら働けることに喜びを感じています。これからもその気持ちを忘れず、生徒たちが常に相手の立場に立ち、幅広い視野で物事を考えられる人間になるよう、生徒一人ひとりと向き合っていきたいと思います。