龍谷総合学園 学生達の声

・宗門校に学んで 「本願寺新報 2018年2月20日号より転載」
 


 宗門の学校組織体・龍谷総合学園には日本、ハワイの24学園が加盟しています。生徒たちは日々の礼拝や授業など学校生活を通して仏教の教えに触れ、さまざまな「気づき」に出遇あっています。
 今春、高校を巣立つ3年生6人と、生徒と共にみ教えに学ぶ教師に「宗門校に学んで」のテーマで思いを綴ってもらいました。


●書道パフォーマンス

国府台女子学院の「秋の学院祭」。全校生徒が見守る中で書道部の生徒が豪快に大書した。

  「ご縁」と「感謝の心」

北海道・双葉高校3年
鳥海 綾音

 双葉高校に入学するまでは、宗教に関心がありませんでした。3年間、宗教の授業で浄土真宗や親鸞聖人について学び、今では浄土真宗はもちろん、宗教が身近に感じられるようになりました。その中で一番印象に残ったのは「ご縁」です。
 バレーボール部の引退試合で、惜しくも負けましたが、悔しさよりも、このメンバーで戦えたことにうれしさを感じました。いつも周りの人たちに支えられ、つながりがあったからこそ、そう感じられたのだと思います。学校生活でも相手の立場や状況を考えたり、思いやりの気持ちを心がけることで、毎日楽しく過ごすことができました。
 慌ただしい高校生活でしたが、毎朝の礼拝、宗教の授業や行事を通して、「感謝できる心」も学びました。「ありがとう」と言うのは難しいですが、その言葉の意味を学び、感謝は一生を通して大切だと気付かされました。
 春から医療関係の専門学校に進学します。不安な気持ちもありますが、これから出会う仲間との「ご縁」を大切にし、いろんな人に感謝の気持ちを伝えることができる大人になりたいです。


  互いを認め合う「和」の精神

兵庫・神戸国際高校3年
越智 麻也子

 昨年の春から大学受験の勉強を始めましたが、思うように成績が伸びず、進路に悩むことが多くありました。そんな時、いろいろと相談に乗ってもらったのが親であり、先生でした。
 親からは「人生は一人で決断していかねばならない。親の意見など気にせず、自分の納得のいく道へ進め」と、先生からも「どんな道でも自分で決めた道なら後悔はないはず」と背中を押していただき決断することができました。また、弱音を吐きそうになった時、支えとなったのが共に歩んできた仲間の存在でした。
 神戸国際の建学の精神は、聖徳太子が示された「和」の精神です。お互いの個性を認め、支え合うことのできる校風だからこそ、受験を乗り切れたと思います。一人では決して越えられなかったと思います。受験は自身の能力を向上させるだけでなく、周りの方の大きな支えに気付くことができる良い機会でした。私も誰かの支えとなれるよう、小さなことから努めていきたいです。

  世は無常 怠りなく努力

京都・龍谷大学付属平安高校3年
金田 真歩

 3年間を通してよく耳にしたのは、「世は無常である。怠りなく努力せよ」という釈尊のお言葉。仏教の根本的な「無常観」を表している言葉です。
 平安高校では仏参や宗教行事、教室に掲示された言葉などさまざまな場面で「無常」を意識することができました。そのおかげで自分の行動に意味や目的を持つようになり、本当に充実した日々を送ることができました。また、悩みを抱えている時や少し浮かれている時には、「永遠に続かない」と自分に言い聞かせ、前向きに進むことができたように思います。
 これから大学生、社会人と自由に時間の使い方を選ぶことができるようになる前に、このような貴重な経験ができたことに感謝しています。卒業後も変わらず、充実した時間を自分で生み出すことができるよう、「無常」という考え方を念頭に置きつつ、怠りなく努力をしていきたいです。

  毎日を大切に 出会いを大切に

富山・高岡龍谷高校3年
竹元 菜々子

 宗門校での生活を通じて、自分の命は多くのものに支えられ、生かされていることを学びました。
 入学して間もない頃は、朝の礼拝や授業で宗教を学ぶことも初めてで、戸惑ってばかりでした。しかし、毎日過ごしていく中で、礼拝の時間は心地良いものに、また、宗教の時間は自分自身を見つめ直す良い機会となりました。仏教や浄土真宗のみ教えに触れるたびに、今まで当たり前と思っていたことが当たり前ではなく、自分が、今こうして当然のように生きていられるのはたくさんのいのちに支えられているからだと気付かされました。
 それから、私は毎日を大切に生きるようになりました。友と語らい、悩みを共有できたのも、この宗門校で学んだからこそだと感じています。4月から大学で学ぶことになりますが、私は生かされていることを忘れず、出会いを大切にしていきたいと思います。


  み教えとのご縁を再認識

福岡・敬愛高校3年
野平 弥奈美

 父が本願寺派僧侶であり、仏教に関わる機会が多い環境の中で育ったものの、あまり仏教について考えることはありませんでした。しかし、敬愛高校に進学して仏教を学ぶ中で、人との出会いやいのちの大切さについてあらためて考えることができました。
 特に印象に残っているのが、1年生の夏に参加した「全国高校生『平和を学ぶ集い』in沖縄」(宗派主催)。全国の宗門校などから高校生70人が参加し、沖縄戦について一緒に学び、意見を出し合いました。3日間の研修を通じて、全国に浄土真宗のみ教えを大切に生きる同年代の仲間がいることをうれしく思うと共に、戦争の恐ろしさや平和の尊さを実感しました。そして、今生かされていることの有り難さを再認識しました。
 このような経験ができたのも、敬愛高校にご縁をいただいたから。これからも、敬愛で学んだこと、経験したことを生かし、いのちを大切に生きていきたいと思います。



  お寺では学べないことを

ハワイ・PBA12年
橋本 伽子

 全米初の仏教系高校、パシフィック・ブディスト・アカデミー(=PBA)で学び、いくつもの困難を乗り越えることができました。また、そこでしか味わうことのできないユニークな体験もたくさんしました。
 PBAは私たち生徒を、あふれるほどの慈しみと思いやりで包んでくれます。どんな時も先生やスタッフがやさしくサポートしてくれたおかげで、先生とも親しく何でも話せ、充実した学校生活を過ごすことができました。
 年1回のキャンプや太鼓フェスティバル、月曜の合同集会、金曜の礼拝、休日の特別行事など、学校行事には必ず仏教的価値が盛り込まれています。父が開教使なので、仏教は私の依りどころですが、お寺だけでは学べないこともPBAでは学ぶことができ、実践を通して教えを身につけることができたように思います。
 「勇気をもって、無常を受け入れ、草の根からの平和を進める」を校訓とする学校で、有意義な高校生活を送ることができました。先生やスタッフの皆さん、仲間たちに心から感謝しています。



  「行道進徳」生徒と共に

広島・進徳女子高校教諭
三浦 達哉

 本校の建学の精神は「行道進徳」。
『仏説無量寿経』の中に説かれ、校名もこれに由来しています。「行道進徳」とは「道を修めて功徳を得る」ことであり、「人としての正しい道を歩み、高い人間性を養う」と解釈されています。毎日の朝礼では、「行道進徳」をわかりやすく詩的に表現した『黙想語 』を生徒と教職員で唱和しています。

   

我は人である 生きねばならぬ 
人らしく生きねばならぬ 道に生きよ 愛に生きよ 
み光に生きねばならぬ

 この『黙想語』を唱和することから、本校での1日が始まります。 私が本校に赴任したのは平成2年。20代前半で、宗教教育をどのように進めていいのかわからない中、たどり着いたのは、毎朝『黙想語』を大きな声で先唱することでした。担任が率先して声を出すことにより、生徒も大きな声で唱和し、とてもいい気持ちで1日がスタートできます。この姿勢は約30年経った今も継続しています。
 生徒たちには今は気付かなくても、何かの機会に『黙想語』を唱和したことを思い出し、その意味を少しでも理解してもらえれば、とてもうれしく思います。